高橋健太郎と鈴木惣一朗に聞く、フィル・スペクターの光と影

高橋健太郎と鈴木惣一朗に聞く、フィル・スペクターの光と影

2021/04/08
インタビュー・テキスト・編集
黒田隆憲

ヒッピーカルチャーの中にいたときには「かっこ悪い」と思っていたものが、ニューウェイブが到来したことで「なんでもあり」になった(高橋)

―ところで最近、大滝詠一さんの一連の作品がサブスク解禁となりました。特にスペクターからの影響が強いといわれる『LONG VACATION』を、お二人はどう評価しますか?

高橋:大滝さんは自分の葬式では“Be My Baby”を流してくれと言っていたらしいから、フィル・スペクターに影響を受けた二大アーティストは、ブライアンと大滝さんでしょうね。

鈴木:『LONG VACATION』と次の『EACH TIME』は、ソニー信濃町スタジオ(現ソニー・ミュージックスタジオ)にて、エンジニアの吉田保さんを迎えて制作されたアルバムです。ウォール・オブ・サウンドを再現するため、スタジオには入りきれないほどのミュージシャンが呼ばれたと言われていますよね。

大瀧詠一『LONG VACATION』を聴く(Spotifyを開く

鈴木:2作ともリアルタイムで買いましたが、冒頭でも言ったようにニューウェイブに傾倒していた当時の自分には、そのサウンドは理解の範疇を越えていた。オールディーズとしか捉えることができなかった。僕の音楽力は低かったんです。個人的には、大滝さんは吉野金次さんがエンジニアを務めた『ファースト』のようなデッドな作品が好みでした。健太郎さんはどう思いました?

高橋:これは、僕と惣一朗さんのわずかな年齢差によるところも大きいと思うんだけど、僕はオールディーズに対する感覚がちょっと違っていて。まず、1970年代はアメリカンロックをリアルタイムで経験していて、それにどっぷりだったんですよ。長髪でチェックのネルシャツを着た人生を送っていたから(笑)、その時点では僕もオールディーズはダメな音楽だった。

ところが、その後にパンクとニューウェイブがやってきて、「これは『俺が』ダメなんだ」と思って長髪を切るわけです。短髪になったら、今度はオールディーズを聴いてもThe Beach Boysを聴いてもOKになったんですよね。つまり、ヒッピーカルチャーの中にいたときには「かっこ悪い」と思っていたものが、ニューウェイブが到来したことで「なんでもあり」になった。だって、Haircut 100はThe Beach Boysみたいな格好でファンカラティーナを奏でているし、もうなんでもいいんだと。

大瀧詠一『EACH TIME』を聴く(Spotifyを開く

鈴木:ニューウェイブのおかげで、The RonettesのようなオールディーズもOKになったんだ、面白い。

高橋:ただ、大滝さんの『LONG VACATION』『EACH TIME』に関しては、あまりオールディーズという印象はなくて。「シナソ(ソニー信濃町スタジオ)の音だなあ」と思いました(笑)。

―「シナソの音」というのは、松田聖子の1980年代の作品に象徴されるような、ソニー信濃町スタジオで録音されたいわゆるハイファイなサウンドのことですよね。

高橋:吉田保さんは、とにかくデジタルが大好きで、例えば(山下)達郎さんのような、全ての方向に音が広がっていく、光が差すような抜けの良いアメリカンサウンドを本来は作りたい人なんですよ。ところが大滝さんの「お達し」で(笑)、五十人のミュージシャンをスタジオのブースに押し込みウォール・オブ・サウンドを作らされた。

高橋健太郎

高橋:だけど、シナソでゴールドスターのサウンドを再現しろと言われても、さっきも言いましたが作れるわけがない。逆に言えば、抜けの良いサウンドを作りたい保さんに、シナソでウォール・オブ・サウンドを作らせたという「矛盾」こそが、『LONG VACATION』や『EACH TIME』にしかないサウンドになっていると思うんですよね。

―大滝さんにも多大なる影響を与えたスペクターは、日本のポップスにとっても重要人物であると思うんです。にも拘らず、殺人罪で服役中に死亡したこともあって、今は表立ってその貢献度が語られていない。この状況に関してお二人はどんなふうに思いますか?

高橋:僕はやっぱりミュージシャンの人間性と音楽性は、基本的に切り離して考えようという立場ですね。スペクターに関しては殺人罪に問われたわけじゃないですか。そこで裁かれ罪を償うために服役していたわけだから、死んだ後にあれこれ配慮しても仕方ないように思う。

それともう一つは歴史的なこと、つまり「その時代にどうだったか?」という話もあって。例えばスペクターがプロデュースしたThe Crystalsの“He Hit Me(And It Felt Like a Kiss)”という曲、歌詞はゲリー・ゴフィンだけど、当時も批判されたんですよ。

The Crystals“He Hit Me(And It Felt Like a Kiss)”を聴く(Spotifyを開く

―恋人からの殴打を、「キスのように感じる」と話す知人女性からインスパイアされたとゴフィンは語っていて、これはDV容認の歌詞なのではないかと批判されたわけですね。

高橋:そう。「リアルタイムでどうだったのか?」を知っておくのはすごく重要なことだと思う。だからといって、あの曲を抹消すべきかといわれれば、僕は「抹消されるべきではない」という立場です。

鈴木:最近の例を挙げれば、例えば映画界でもウディ・アレンやケヴィン・スペイシーが批判されている。僕はウディ・アレンの作品も、役者としてのケヴィン・スペイシーも大好きなので、彼らの作品ですら将来にわたって抹消するような動きに対しては、やはり疑問が残る。個人の人格及び行動と、作られた芸術作品をどういうふうにユーザーが判断していくか、人それぞれの価値基準があるとは思いますが。

鈴木惣一朗

鈴木:ただ、ことフィル・スペクターに関しては、ジョージ・ガーシュウィンやブライアン・ウィルソン、バート・バカラックらと並んで、アメリカのポピュラーミュージック史において絶対に「欠かすことのできない存在」だと思うんです。その彼をなかったことになど、できるわけがないと思うんです。

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プロフィール

鈴木惣一朗(すずき そういちろう)

1959年、浜松生まれ。音楽家。83年にインストゥルメンタル主体のポップグループ“ワールドスタンダード”を結成。細野晴臣プロデュースでノン・スタンダード・レーベルよりデビュー。「ディスカヴァー・アメリカ3部作」は、デヴィッド・バーンやヴァン・ダイク・パークスからも絶賛される。近年では、程壁(チェン・ビー)、南壽あさ子、ハナレグミ、ビューティフル・ハミングバード、中納良恵、湯川潮音、羊毛とおはな等、多くのアーティストをプロデュース。2013年、直枝政広(カーネーション)とSoggy Cheeriosを結成。執筆活動や書籍も多数。95年刊行の『モンド・ミュージック』は、ラウンジ・ブームの火付け役となった。細野晴臣との共著に『とまっていた時計がまたうごきはじめた』(平凡社)『細野晴臣 録音術 ぼくらはこうして音を作ってきた』(DU BOOKS)ビートルズ関係では『マッカートニー・ミュージック~ポール。音楽。そのすべて。』(音楽出版社)他に『耳鳴りに悩んだ音楽家がつくったCDブック』(DU BOOKS)などがある。

高橋健太郎(たかはし けんたろう)

1956年、東京生まれ。音楽評論家、音楽プロデューサー、レコーディング・エンジニア、音楽配信サイト「ototoy」の創設メンバーでもある。一橋大学在学中から『プレイヤー』誌などに執筆していたが、1982年に訪れたジャマイカのレゲエ・サンスプラッシュを『ミュージック・マガジン』誌でレポートしたのをきっかけに、本格的に音楽評論の仕事を始めた。1991年に最初の評論集となる『音楽の未来に蘇るもの』を発表(2010年に『ポップミュージックのゆくえ』として再刊)。1990年代以後は多くのアーティストとともに音楽制作にも取り組んだ。著書には他に『スタジオの音が聴こえる』(2015年)、2016年に発表したSF音楽小説『ヘッドフォンガール』がある。

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