NOT WONKの精神。集団でも記号でもない、1人のあなたにむけて

NOT WONKの4thフルアルバム『dimen』は、NOT WONKのディスコグラフィの中でとりわけ異彩を放つ作品である。格段に深くなった音響と、セオリーを度外視した唐突な展開と、その上で動物のように歌い叫ばれるソウルフルなメロディ。精神性も音楽構造も理路整然としてきた従来のNOT WONKを思えば、ここまでリミッターを吹っ飛ばした姿は異様ですらある。すごい歌とすごい音に溺れながら、しかし音楽に溺れられることの快感が一生持続するアルバム。この音楽に通底する衝動と脈動は、一体何なんだ?

本作のラストに収録された“your name”で歌われるのは、「名前を呼びあうことで存在を認め合う」という、人間のプリミティブな繋がりの確認である。この楽曲は、2019年にNOT WONKが地元・苫小牧で開催した企画『your name』で手売りされたものだ。加藤修平の手刷り・直筆のインビテーションが一人ひとりに送付され、受付に立った加藤が一人ひとりの名前を呼んで始まった1日が『your name』だったわけだが、徹底的に1対1の関係にこだわり、顔と名前と存在を認識し合うことから生まれる何かを掬い上げようとしたイベントは、NOT WONKが大事にしてきた「パンク」の根本においても、一人ひとりが記号化され個人が見落とされていくばかりの世の向きにおいても的確で痛快だった。『dimen』で歌われる多くの言葉が「今を生きる一人ひとりの多様さ」と「容易に正解と不正解で語れない社会」を丁寧になぞっていることを考えると、一人ひとりの存在を認めようとする姿勢を改めて示した“your name”こそが今作の心臓だったのだろう。そう考え、『your name』から始まったことを紐解きながらNOT WONKの背骨と『dimen』を語り尽くしたのがこのインタビューだ。

加藤はいつだって、NOT WONKはいつだって、「あなたと話したい」「名前を呼び合いたい」と語りかける。それはなぜか? たったそれだけが、自分とあなたを独りにしない方法だと知っているからだ。

1対1の関係で対話できる場所であり、広げたものを自分の手に引き戻したいと思って構想したのが『your name』だった。

加藤修平(かとう しゅうへい)
2010年に結成した、苫小牧を拠点に活動する3ピースバンドNOT WONKのギターボーカル。2017年に『RISING SUN ROCK FESTIVAL』、2018年には『FUJI ROCK FESTIVAL』『りんご音楽祭』『全感覚祭2018』に出演。同年11月には札幌ベッシー・ホールでのワンマン、翌年3月東京での初ワンマンを成功させるなど、その卓越したライヴパフォーマンスで着実なステップアップを果たす。

―今作『dimen』のラストに収録された“your name”はもともと、2019年の12月に苫小牧で初開催された自主イベントの名前であり、その会場で手売りされたシングル曲で。

加藤:はい、そうですね。

―「個々の名前を通して存在を認め合う」という歌の内容も含めて『dimen』の心臓になっている曲だと感じたんですが、加藤さんご自身は、2019年の『your name』から『dimen』に至るまでの過程をどう捉えられていますか。

NOT WONK『dimen』を聴く(Spotifyを開く

加藤:遡ると、『your name』という名前でイベントをやろうと思いついたのは、avexから『Down The Valley』を出すと決まった時だったんですね。もともと僕らはKiliKiliVillaというインディーレーベルで、直接会話できる人数で進んできたわけですけど、メジャーレーベルから作品を出すとなった時にスタッフさんやチームも一気に拡張してーーと言えば聞こえはいいですけど、関わる人が一気に増えたことで自分の手から離れてしまった部分が多かったんですよ。

その反動というか、広げたものを一度自分の手に引き戻したいと思って構想したのが『your name』だったんです。1対1の関係で対話できる場所を作れたらいいなと考えて、一人ひとりに直筆のインビテーションを贈って、当日の受付でも僕が名前を呼ぶ形で入場してもらって。

―そもそも加藤さんはNOT WONKの現在地をどう捉えていたから『Down The Valley』をメジャーレーベルからリリースしようと思ったのか。そしてNOT WONKと人の関係を1対1に引き戻そうと思ったのはNOT WONKにどんな信条があるからなのかを改めて教えてもらっていいですか。

加藤:僕らはちゃんと地に足が着いた状態でバンドをやりたいと考えてきたし、規模を大きくすることに躍起になるのはあまりに盲目的だと思うから『Down The Valley』以前はインディーでの活動を選択してきたわけですけど、でもその一方で、「自分の作った作品がよくないわけがない、聴いてほしい」っていう欲望も当然あって。要は、NOT WONKはそのふたつの感情の狭間で活動してきた感覚があるんです。

で、avexからリリースするタイミングは、まさにそこの部分を問われた感じがしたというか。でも(avexから作品を出すことを)「やったほうがいいよ」って言ってくれたのはKiliKiliVillaの安孫子さんと与田さんで。KiliKiliVillaの動きは商業的な構造へのアンチテーゼだと思ってたから、すごく驚いたんですよ。

―そうですね。メジャーかインディーかっていう話じゃなく、精神性として。

加藤:でもふたりは、NOT WONKの音楽と規模感が当初のKiliKiliVillaの構想をハミ出してきたっていうふうに考えていて。まずは音楽が届くことを第一で考えると、ある種のインディーマインドがNOT WONKの足かせになっているんじゃないかって危惧してくれてたんです。それでNOT WONKのチーム自体を拡張していったのが2019年だったんですけど。でもその頃、『フジロック』のROOKIE A GO-GOについてGEZANのマヒトさんと連絡を取り合うことがあって、構造に参加すること、構造との関わり方についての話だったんですけど。当時俺はそれを単に否定的な意見として捉えてしまって、それで俺もまた考えてしまったんですね。メジャーに行くこと、音楽を広げようっていう動きは、やっぱりオルタナティブとかパンクから離れることなのか悩んだし、純粋に音楽として素晴らしいものとパンクとして筋が通っているもの、その両方をやりたいんだよなっていうことも思って。

―まさに、パンクもロックも音楽の型で語れるものじゃないっていうことは、NOT WONKがこれまでの作品で体現してきたと思うんですけど。

加藤:僕は、いわゆる「パンクとはこうだよね」「ロックとはこうだよね」っていうところからは離れたいと思ってきたんですよね。パンクとはいっても「3コードで」とか「ビートが速くて」みたいな固定観念ではなくて、音楽は音楽として気持ちいいものを作りたいと考えてきただけなんです。たとえば札幌︎KLUB COUNTER ACTIONとかでカッコいい先輩たちと出会ってきたけど、その一方で「SEX PISTOLSのカッコしてるだけじゃん」っていう人も見てきた。要は、ファッションとか音楽の型でパンクが決定されるわけじゃないって感じてきたんですよ。

逆に言えば、好奇心を道しるべにして鳴らす音楽を「パンクじゃない」とか「オルタナティブじゃない」とか言われる筋合いもないんです。そういう好奇心の部分と、自分が大事にしてきたパンクに筋を通したいっていう気持ちと、その両方がピークに達していたのが『Down The Valley』のタイミングだったのかもしれないですね。たとえばの話、「メジャー1発目のアルバムだと思ってフタを開けたらデビュー作みたいなパンキッシュなサウンドだった」っていうふうに、メジャーレーベルに一矢報いた感を演出することも簡単にできたわけです。でも音楽を作る上では、純粋に好奇心を大事にしたかったので。

NOT WONK『Down The Valley』を聴く(Spotifyを開く

―結果、『Down The Valley』はソウルもエモも同線上で飲み込んだ大進化の作品になりましたね。

加藤:そこまでやったなら、じゃあ今度は広がってしまったものを自分の手に引き戻すタームだと考えて、伝言ゲーム式にスタッフとバンドが存在する関係じゃなく、放射状に1対1の関係を作っていきたかった。それが『your name』の着想でありテーマでしたね。

正解を示せるかどうかじゃなく、目指す理想に向かって考えること。それが僕の思うパンクですね。

―音楽的にも規模的にも広げたなら、精神性の部分で原点に戻ろうということですよね。そこで伺いたいのは、加藤さんの思うパンクとはどういうものなんですか。

加藤:ひと言では表せないものですけど……たとえば「これは間違ってる」「これはおかしい」と思うことがあったとして、それに唾を吐きかけるだけがパンクではないと思っていて。もっと言えば、唾を吐きかけたって根本的な解決にはならないんですよ。いろんな価値観が可視化されている今の時代は特にそうですけど、何が正解なのかは誰にもわからないじゃないですか。だとすれば、大事なのは悪を決めつけて潰すことじゃなくて、「どう行動すれば自分の理想を叶えられるのか」って考え続けること自体なんですよ。正解を示せるかどうかじゃなく、目指す理想に向かって考えること。こちらが正しいと示すことじゃなく、考えた上で行動すること。それが僕の思うパンクですね。

―行動した結果として失敗しても、それを責めるのではなく、次に繋げていく姿勢とも言えますか。

加藤:何にせよ、1回で全部うまくいくことはないですからね。大事なのは、失敗にも反省にも嘘をついちゃいけないってことだと思うんですよ。人は、結果に対して辻褄を合わせることもできちゃうじゃないですか。「もとからこういうつもりだったんだよね」って。でも、それが一番NGなことなんですよ。想い通りにいかなかった時に、ちゃんと自分を省みることができるか。その繰り返しこそが次に繋がる行為だと思うんです。

だから僕が考えてきたパンクっていうのは対外的なものじゃなく、自分ひとりの中にあるものなんです。トライすることも失敗を認めることも労力を要するんですけど。だからこそ、それぞれの失敗をただ責めることよりも、話し合ったり対話したりっていうことが大事なんですよね。

僕ら以降の世代では、マッチョイズムとロックの関係性を引き継がないほうがいい。もう僕らの世代で終わらせたほうがいいものがたくさんあるなって思う。

―今話していただいた内容はそのまま『your name』というイベントの説明であり、『dimen』の説明にもなっていると思って。2019年に苫小牧の『your name』に伺って感じたことですが、加藤さんの手刷りのインビテーションを手にして名前を呼んでもらって、その場にいる人の顔と名前をお互いに確認していく時間は、一人ひとりの人生の集合体としてこの場所が成立していると実感する時間でもあり、自分の存在を確認する場所にもなっていると感じて。NOT WONKの活動として重要なイベントであると同時に、人の存在が記号化されてひと塊にされていく世の中へのカウンター意識もあったんじゃないかなと思ったんですが、そこはどうなんでしょうか。

加藤:ああ……社会の構造によって人がひと塊にされてきたっていうのは、その通りだと思ってて。コロナによって「クラスター」っていう言葉が叫ばれるようになる前から、アーティストの熱心なファン層をクラスターって呼ぶこともあったじゃないですか。でもそれって、悪い例で言えば飛行機事故みたいなものだと思っていて。飛行機が墜落したら「数百人が死にました」っていう文言だけで片付けられるけど、その一人ひとりにストーリーがあって、生活があって、名前があるんですよ。言葉にすると当たり前ですけど、一人ひとりが生きているんだっていう意識は大事にしてきて。その結果として、今の社会に対する視点も多分に含まれたイベントになったんだと思います。

たとえば「お天道様が見てるよ」っていう話があるじゃないですか。人が見てなくてもお天道様が見ているから悪いことはできないよっていう話。僕はその感覚が好きなんです。で、『your name』はまさにそれだったと思うんですよ。自分がお天道様になったっていう話じゃなく、名前を共有し合った一人ひとりが作用し合う環境だったというか。むしろ、僕はリーダーじゃなくハブで在りたいと考えていたのが『your name』なんですよ。

―「お天道様が見ているよ」っていう言葉は「悪いことをしちゃいけないよ」っていうニュアンスで使われることが多いですけど、どんな時でもあなたが生きている姿を見ている人がいるよっていう意味合いもありますよね。で、加藤さんはそこに自覚的だった気がするんですけど。

加藤:そうなんですよね。一人ひとりの存在が見落とされていく風潮も、コロナ禍になって叫ばれるようになったアイデンティティの話に関しても、けして今始まったことじゃなくて。今は名前っていうものが管理に使われるだけになっていて、それは悪い意味で人を孤独にする構造だと思うんですよ。それこそ人間の記号化ですよね。でも本来、名前は個人の存在のことだから。だから『your name』での僕は、リーダーになるんじゃなく、一人ひとりのハブになりたいと思っていたんですよ。その結果として、一人ひとりの自治とコミュニケーションが生まれる日になって。そういう場所を用意できたのが嬉しかったし、ハブっていう在り方こそが僕のやりたいことなんだと実感しましたね。

―野暮を承知で聞きますが、リーダーではなくハブでありたいのはどうしてですか。

加藤:まあ、人間の歴史上で「リーダー」と呼ばれる人にロクなヤツがいたことないですからねえ。

―そうですね。

加藤:人が集まることでリーダーが生まれる集権的な組織って、排他を生みやすいじゃないですか。で、僕も気を抜いた瞬間にそうなってしまう可能性があるんですよ。イベントやライブを行うのは、少なからず賛同者が集まるっていうことですよね。それは嬉しいことである反面、僕が神輿に乗っかった瞬間に「一人ひとり」ではなく集団になってしまうんです。そうなると、僕が大事にしてきたこととは真逆になるんですよ。僕も不完全な人間だから間違えることがあるし、間違えた時に指摘してもらえる関係を人と作りたい。誰かが間違いを犯した時に指摘できない集団は盲目的になっていくし、考えることを奪われていくだけだから。で、パンク自体が権威やリーダーっていう発想と真逆のもので、個々で社会を自治していく精神性のことなんですよね。

―まさに。

加藤:でもその一方で、パンクやロックは権威になりやすい音楽だとも思っていて。もし『your name』がソフィスティケイトされるようなことがあれば、あそこに集まった300人が新たな権威を振りかざして、自分の正義を他人に押し付けることになりかねないわけです。それはかなりマッチョな構造だし、パンクとかロックがマッチョイズムとくっつきやすい理由はそこだと思うんですよ。

―新たなカウンターが生まれて人を扇動した瞬間、それが新しい権威にすり替わってしまう可能性がある。

加藤:そうそう。それは上の世代を見ても思うことで。でも僕ら以降の世代では、マッチョイズムとロックの関係性を引き継がないほうがいい。それだけに限らず、もう僕らの世代で終わらせたほうがいいものがたくさんあるなって思うんですよね。マッチョイズムの話はまさにそうですけど、ジェンダーに関する問題についても最近はより一層考えますし。

男として生きている時点で不公平に加担しているんだけど、その構造から抜け出す方法も思いつかない。

―今おっしゃったことは『dimen』の“in our time”で歌われていることにも繋がると思うんですけど、そういうことを以前よりも考えるようになったのは、きっかけがあったんですか。

加藤:個人的な話なんですけど、僕はパートナーがいた経験がほとんどなくて。それが一昨年くらいに彼女ができたんですね。で、自分とは異なる性の人と生活をともにすると、やっぱり全然違うんですよ。たとえば彼女の帰りが夜遅くなると、当然心配になるわけです。で、夜道は危ないからイヤホンをしないほうがいいよ、とか言うじゃないですか。じゃあ僕が夜の帰り道でそこまで警戒するかっていうと、そんなことはしない。それはなぜかっていうと、僕が男だからなんですよ。逆に言えば、彼女の帰り道が危険なのも男が理由なんですよね。

加藤:つまり、男は男であるだけでとんでもない特権を持ってしまっていると今さら実感してしまって。そのことに喰らって、考えていたのがここ最近なんです。男として生きている時点で不公平に加担しているんだけど、その構造から抜け出す方法も思いつかない。俺が悪いんだけど、どうしたらいいかわからないっていうことにモヤモヤしてしまって……答えがわからないなら「ごめんなさい、教えてください」って聞くしかないんだけど、その聞き方すら難しい。どうしたらいいかわからないけど、この構造を変えていかなければいけないと思っているのが今のところですね。

―たとえば『dimen』のジャケットにも、マニキュアをした加藤さんの手が写っています。これも、わからないことを知るための行為だったんですか。

加藤:知るというよりは、そもそも僕は「男らしい」とされているものがずっと苦手だったんですよ。男だからいっぱい食べなさいとか、男だからしゃんとしなさいとか、今考えたら意味がわからないじゃないですか。

『dimen』ジャケット

―そうですね。

加藤:だからマニキュアを塗ってみることも、男性だから女性だからっていう線で語らなくていいもののひとつだと思って始めてみたんです。マニキュアもお化粧も女性のものだっていう刷り込みがあるけど、何がフィットするかなんて個人が決めることで、そもそも性差の問題じゃないんですよ。

―男らしさの刷り込みへの違和感も、それが大きかったのかもしれないですね。性別関係なく、俺のことは俺が決めるよっていう。

加藤:そうだと思います。結局、人を「ひとり」として見るかどうかっていうことに帰結するんです。「男のくせに」みたいなものを決めたのも男側で、それに伴って「女らしさ」を押し付けたのも男なんですよ。それを実感してからは、もう無視できないテーマになっていますね。

―それは『dimen』を作る上でも大きなテーマになっていったと思いますか。

加藤:いや、僕の頭の中とサウンドメイクは別の部屋にあるので、こういうことを歌いたいからこういうサウンドにしよう、っていうことは一切なかったと思います。なので、音を作った上で歌いたいことを合わせてみて、それでどうかっていうことでしかなかったですね。

音としての整合性を全部無視して作ってみたかった。

―では『dimen』の音楽的な面から伺うと、これまでと比べて唐突な展開が多くて、音の色彩の混ぜ方がかなりカオティックだと思うんですね。で、その飛び散り方とサウンドの自由さに快感が詰まっている作品だと思ったんですが、改めてご自身ではどういう作品だと捉えられていますか。

加藤:まさに、音としての整合性を全部無視して作ってみたかったんですよ。なんなら、ぐちゃぐちゃにしてやろうっていう気持ちだけだった(笑)。

―その衝動が何なのかを訊きたいです。

加藤:『Down The Valley』以前のNOT WONKの作品を振り返ると、ロックバンドとして、パンクバンドとして、地方出身者としてっていう像がどこかでついてしまっていた気がするんです。で、人からそう言われることによって、それが自分のキャラクターだと思い込んでいる節があったんですよ。でも、それこそ『your name』をやった理由と同じように「俺はひとりの人間なんだ」って自覚すればするほど、凝り固まったイメージから逸脱したくなったんです。それが『dimen』の音楽的な面——セオリーを無視してぐちゃぐちゃにした部分に表れている気がしますね。

―今日のお話は、大きく捉えると自己反省と自己問答の数年についてのものだと思うんですね。NOT WONKの理想の活動、男として生きてきたことへの自己反省、パンクとマッチョイズムの関係性への疑問。で、自己反省をすればするほど簡単な答えはないと気づいていくものだし、答えがない中でもトライし続けることがご自身にとってのパンクだとも話していただいて。そういう意味で、まずは音楽としての答えを外してNOT WONKで実験したとも言える作品だと感じたんですけど。

加藤:確かに……作っていて、このアルバムは「結果」というよりも「チュートリアル」みたいだと思いましたね。お試し版って言ったら聴いてくれた人に失礼かもしれないけど、でも、お試し版って感じなんですよね(笑)。

―でも、サウンドとしての完成度と快感は間違いなく高い。

加藤:自分で言うのもアレですけど……僕はいつの間にかカタブツみたいなイメージがついてた気がするんですよ(笑)。それこそインタビューとかでついてきたイメージだと思うんですけど。でも意外と、僕はそんなタイプじゃなくて。なのに、外からのイメージを実感するたびに、ステージで笑えなくなっていった気がして。でもそれってどうなの? って思うところがあったんですよ。

人に「孤独であれ」とか「自分らしくあれ」とか言ってるのに、当の本人が一番そうでもないんじゃねえの? って思い当たる数年だったんですよね。なので、もっと純粋に楽しさも嬉しさも表現すればいいじゃないかと。それを試すっていう意味で、今作は僕にとってチュートリアルだった気がするんです。

無人の渋谷が映るテレビの傍ら、故郷の景色を見ていると、きっとこれが俺の財産なんだなって思えて、気が楽になったんです。

―それは、2020年を経たことも大きいんですか。2019年の年末に『your name』があって、年が明けた直後にコロナ禍になってしまって。つまり活動の指針が定まったと同時に大変な時期になってしまったことで、何よりも自分の喪失感を超えていくための音楽が必要だったのかなと。

加藤:コロナがきて大変だったのは事実なんですけど、このアルバムの構想自体は2019年の『your name』の時点で考え始めていたので、実は、コロナによって制作の方針が変わることは無かったんですよ。ただ、外出できなくなったことで、小学生ぶりかってくらい長く地元(苫小牧)で過ごしたのは大きくて。

―それはどういう意味で、ですか。

加藤:……正直な話をすると、僕は2019年にパニック発作が起きるようになっちゃってて、それが怖くて電車に乗れなくなったりご飯が食べられなくなったりしてたんですね。でも東京に来るために飛行機に乗らなきゃいけなくて、それがだいぶストレスになってたみたいなんです。だけど2020年は強制的に外出できない事態になった。そしたら急にスッキリしたんですよ。無人の渋谷が映るテレビの傍ら、窓の外には何も変わらない山があって……そうして故郷の景色を見ていると、きっとこれが俺の財産なんだなって思えて、気が楽になったんです。

しかも2020年は天気がいい年だった印象があって。気持ちのいい天気の中、土日に何もないっていうのはこういう感じかあ、と思って過ごしているうちに、ギターを弾いたり曲を作ったりすることが純粋に楽しくなっていって。生活のリズムの中で、自分の感情の赴くまま音楽を作ればいいっていう思考になっていきましたね。

―2020年はあらゆる意味で生活の距離の変化がテーマだったと思うんですね。今まで当たり前にあったライブが難しくなったことで自分たちと音楽の距離感が変化したとか、あるいはストリーミングサービス上で新曲の反応を見ることでNOT WONKとリスナーの関係を実感するとか、そういう場面はありましたか。

加藤:ストリーミングサービスが台頭したのは、僕らにとってもデカかったことで。たとえばSpotifyは、ユーザーインターフェース的に全部の音楽を同じ土俵に上げるじゃないですか。それによって、NOT WONKのことを苫小牧のバンドだと知ってる人のほうが少なくなってる気がするんですよ。ストリーミングサービスって、場所が関係なくなっていくところだと思うので。もちろん僕らは生まれや精神性も大事にしていますけど、純粋に音楽の評価として一緒くたにぶち込まれるっていうのは面白いことですよね。

たとえば最近アメリカの男性からメッセージがきて、「NOT WONKに影響を受けてバンドやってます」みたいな内容だったんですよ。それで彼の音源を聴いたらカッコよくて。そういうところでも聴かれてるのは、Spotifyがあったおかげですよね。僕は英語で歌ってますけど、海外の方も好きでいてくれるなら、割と大丈夫なんだなって思えますし(笑)。嬉しい話ですよね。

対話と思考こそが、僕のやりたいことなんですよ。

―ありがとうございます。先ほどの話に戻すんですが、「今の時代は何が正解かわからない」と話していただいたように、正解を定めず感情に素直に音楽を鳴らすことこそが今を表すことになる、みたいな気持ちも『dimen』を作る上ではあったんですか。

加藤:きっと「正しいことをしよう」っていう感覚は人それぞれにあると思うし、基本的に「自分は悪くない」と思って生きてるのが人間だとも思う。だけど今の世の中は、その悪意のなさが人を傷つけている状態に見えるんですよ。さっき話した男の加害性の話もそうですけど、無邪気でいることによって誰かに加害している場面がたくさんあって。だから、嬉しさや楽しさだけを許していくのは本当の素直さじゃないと思うんですよ。全部を素直に許すっていうのは、申し訳なかったことや、誰かを傷つけてしまったことも含めて省みることで。そういう意味では、今の自分とか、省みたことをそのまま表した作品だとは思います。

実は音楽で誰かに言いたいことなんてないのかもしれないし、あくまで自分に課すものを歌っている気がするんですよね。特に今作は、今の世の中と自分と生活の景色が妙に繋がってしまったがゆえに抽象化されたラインが多いと思うんですよ。これはどういうことなんだ? って思うポイントが多過ぎる気がするんですけど(笑)。

―そうですね。たとえば“get off the car”の<car>だけでも、とっくに資本主義の限界を迎えた世の中から脱出しようという意志なのか、地に足を着けた生き方を示唆するものなのか、いろいろと推察したんですけど。

NOT WONK“get off the car”を聴く(Spotifyを開く

加藤:今回やりたかったのは、まさにそこで。「これはこういう意味?」って推察してくれること自体が大事なんです。その行為って、僕が歌ったことの真意を読み解くというよりも、言ってくれた人の心の中にある言葉に近いと思うんですよ。「加藤はこう考えたんじゃないか」って考える行為は、実はその人の深層心理にあるものを言葉にしているだけのような気がして。それが、芸術に触れる一番の意義なんじゃないかと思うんですよね。対象に対して思うことって大抵、自分自身の答えに近いから。今回の作品に対訳をつけなかったのも、そういう意図なんですよ。

―どうして“get off the car”について話したかというと、飛躍的に音響が深くなった今作のサウンドメイクと、ここで歌われている内容と、そして今日話してくれたことに合致を感じたからなんです。今作のサウンドには一種のエスケーピズムを感じたんですが、「間違っているものに唾を吐きかけない」という生き方や、<get off the car>というラインが示唆する「現代からの脱出感」を含めて考えると、悪を見つけて叩き潰すことに躍起になる人の渦から抜け出して、1対1の自治が成立する場所を作り出すことこそが理想の社会なんじゃないか、っていう発想がある気がしたんですね。こう言われてみて、どう思いますか。

加藤:確かに、僕はそういう気質があると思っていて。たとえば……この前大きな地震があった時に、「朝鮮人が井戸に毒を入れてる」っていうデマがSNSで流れたじゃないですか。そしたら全国のパンクスが集まって、ヘイトに対する抗議が始まって。僕ももちろん参加したし、ヘイトなんか即刻なくすべきなのは当たり前ですよね。やらないことよりもできることから始めたほうがいいし、ジェンダーのことにしろ、差別のことにしろ、いろんな場所で議論があって然るべきだとも思う。

ただ、僕はNPO法人で子供に勉強を教えたりする、発達支援の仕事を続けているんですけど、その中で感じるのは、議論が起こっている場所の外には、もっと困っている人たちがいて。メディアとかSNSとかで巻き起こっている議論って、生活がままならないような状況の人、今本当に苦しんでいる人にリーチできていないんですよ。そこに大きな隔たりがあると思っていて……それは僕にも言えることで、曲を作ったりメディアで語ったりすることも大事だけど、いざ苫小牧に帰ると、僕がどんな表現をしても届かないところがあると気づかされる。結局、自分の手と足を動かさないと、届くべきところに届かないんですよね。そういう意味で、正しさって何なんだろう、本当に社会をよくするための行動って何だろうって考えることは増えたと思います。

……結局、唾を吐いたりゴミ箱を蹴っ飛ばしたりして何が変わったかっていう話なんですよ。僕らが今闘わないといけないのは、1970年代のイギリスよりもデカい敵かもしれない。だとすれば、同じ主張をとってそれをパンクとするのは正しいのか。ただ団結して悪を引きずり下ろすことだけが目的なのか。ずっと考え続けているし、その過程はアルバムの歌の中にも入っている気がします。

―今のお話も含めて、すごく的確なアルバムだと感じました。何が正解かがわからなくなっていくばかりの日々に対して、「わからない」っていう言葉の奥に思考を促す余白がドーンとあって、そこにこそ芸術と音楽の力を感じる素晴らしい作品だと思います。

加藤:この作品を作った時にも、自分で全然わからないと思ったんですよ(笑)。で、そのわからなさが自分で気持ちよかったし、こうして人と話しながら作品のことがわかってくる。その対話と思考こそが、僕のやりたいことなんですよね。

リリース情報
NOT WONK
『dimen』(CD+DVD)

2021年1月27日(水)発売
価格:3,500円(税込)
CTCR-96007B

[CD]
1. spilit in the sun
2. in our time
3. slow burning
4. shell
5. get off the car
6. 200530
7. dimensions
8. interlude
9. the place where nothing’s ever born
10. your name

[DVD]
1. Boycott
2. I Won't Cry
3. Shattered
4. Down the Valley
5. slow burning
6. your name

イベント情報
『LIVE! : dimen_210502_bipolar_dup.wtf』

2021年5月2日(日)
【第一部】14:30開場 / 15:15開演
【第二部】18:00開場 / 18:45開演
会場:東京都 渋谷CLUB QUATTRO
料金:自由席4,000円(税込 / ドリンク代・送料込み) / 当日券未定

プロフィール
NOT WONK (のっと うぉんく)

2010年に結成した、苫小牧を拠点に活動する3ピース。2015年の1st AL『Laughing Nerds And A Wallflower』をリリース、タワーレコメンにピックアップされる。2017年にはRISING SUN ROCK FESTIVALにも出演(その後、18、19年と3年連続での出演を果たす)。2018年にはFUJI ROCK FESTIVAL ルーキー・ア・ゴーゴー、りんご音楽祭、全感覚祭2018に出演。同年11月には札幌ベッシー・ホールでのワンマン、翌年3月東京での初ワンマンを成功させるなど、その卓越したライブパフォーマンスで着実なステップアップを果たす。今年、コロナ禍においても、8月には渋谷WWWXにてワンマンライブ&配信イベントを敢行。9月には、Levi’s「TYPE-1 JEANS」キャンペーン映像の音楽をVo.加藤(SADFRANK)が担当する。さらに、10月27日にKT Zepp Yokohamaで開催された収録ライブに『ASIAN KUNG-FU GENERATION Tour 2020 酔杯2 ~The Song of Apple ~』にゲストとして抜擢されるなど、スタイルを崩さずしっかりとした実績を積んでいる。



フィードバック 1

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Music
  • NOT WONKの精神。集団でも記号でもない、1人のあなたにむけて
About
「Kompass」は、ネットメディア黎明期よりカルチャー情報を紹介してきたCINRA.NETと、音楽ストリーミングサービスの代表格Spotifyが共同で立ち上げた音楽ガイドマガジンです。ストリーミングサービスの登場によって、膨大な音楽ライブラリにアクセスできるようになった現代。音楽の大海原に漕ぎだす音楽ファンが、音楽を主体的に楽しみ、人生の1曲に出会うガイドになるようなメディアを目指し、リスニング体験を交えながら音楽の面白さを紹介しています。

About
「Kompass」は、ネットメディア黎明期よりカルチャー情報を紹介してきたCINRA.NETと、音楽ストリーミングサービスの代表格Spotifyが共同で立ち上げた音楽ガイドマガジンです。ストリーミングサービスの登場によって、膨大な音楽ライブラリにアクセスできるようになった現代。音楽の大海原に漕ぎだす音楽ファンが、音楽を主体的に楽しみ、人生の1曲に出会うガイドになるようなメディアを目指し、リスニング体験を交えながら音楽の面白さを紹介しています。