荏開津広×渡辺志保 ジェンダー観を巡り、変化するラップシーン

荏開津広×渡辺志保 ジェンダー観を巡り、変化するラップシーン

インタビュー・テキスト・編集
久野剛士(CINRA.NET編集部)
撮影:寺内暁

レーベルから搾取されてしまう、女性アーティストたちが直面する問題

―渡辺さんは、注目しているアーティストはいらっしゃいますか?

渡辺:アルマーニ・シーザーは私が注目しているニューカマーのラッパーで、ニューヨーク州バッファローという郊外エリアで結成されたクルー兼レーベル「Griselda Records」に所属しています。彼女のラップもミーガン同様、オーセンティックなんだけど、外見はすごいギャルで、そこがまたいいなと思っていて。彼女が全米ナンバーワンヒットを生み出すくらい派手なタイプかはわからないんですが。

アルマーニ・シーザー『THE LIZ』(2020年)を聴く(Spotifyを開く

荏開津:私も、すごく好きですね。かっこいいですよね。他にもジェンダーや人種も含めたステレオタイプを崩して優れたラップをしている人は数えきれません。ニューヨーカーのコリアン・アメリカン、オードリー・ヌナは映像作家でもあるんですが、自分の表現としてラップを選んだことは注目に値すると思います。アジア人(私もそうですが)がアフリカン・アメリカンのカルチャーや流行に乗っただけと判断するのは早計かな、と。彼女の映像や曲を、見たり聴いたりしていると、若い頃に多くの人の悩みの種になる「外見を評価する基準」みたいなものは、誰がどう決めてきたのかな? と思ったりします。オードリー・ヌナはまるで1つの芸術ジャンルでは自分の言いたいことを表現し足りないとばかりに映像へも手を伸ばし、表現の世界を限定しません。

オードリー・ヌナ“damn Right”を聴く(Spotifyを開く

荏開津:彼女と全然違うけど、やはり同じようなことを、ナイジェリア人の両親を持つラッパー、モデルのチカの曲を聴くと感じます。チカは罪のないグッドミュージックみたいな言い方がされる(?)1990年代のR&Bをひっくり返して、バイセクシャルである自分の心のときめきを巧みに表現した“Can't Explain It(feat. Charlie Wilson)”(2019年)で自身の世界を広げました。

チカ“Can't Explain It(feat. Charlie Wilson)”を聴く(Spotifyを開く

荏開津:この対談を読んでくれている方の中に、もしLGBTQを受け入れる流れに反対の方がいたとしたら、「社会の問題」と大枠で括るのではなく、是非チカの自伝的なアートである”High Rises”を聴いてもらいたいし、MVも見てほしいんです。彼女は今年のXXLで、童話の『シンデレラ』をネタにフリースタイルを披露しましたが、ラップが上手いと思います。ちなみにオードリー・ヌナは21歳、チカは23歳です。

それでは彼女たちの世代の前に誰がいたかと考えていくと、以前の対談でも話した1990年代終わりのエリカ・バドゥなどのラップに近寄っていったシンガーの存在は大きいと思います。自分たちの身体やアイデンティティを、アフリカ / アメリカという概念や、ジェンダーの問題と巧みに結びつけて、音楽で表現したのが素晴らしいな、と。

チカ“High Rises”を聴く(Spotifyを開く


チカの「2020 XXL Freshman Freestyle」

エリカ・バドゥ『Baduizm』(1997年)を聴く(Spotifyを開く

荏開津:あと、オシュンやジャングルプッシーのようなラッパーも好きですね。ジャングルプッシーはもっと人気が高まるような気がしていたのですけどね……。

オシュン『bittersweet vol.1』(2018年)を聴く(Spotifyを開く

ジャングルプッシー『Satisfaction Guaranteed』(2014年)を聴く(Spotifyを開く

渡辺:それはレーベルの売り方にも問題があるかもしれないですよね。2019年の年末くらいから、私が目にするニュースでは、女性のラッパーとレーベルとの不和の問題が取りざたされることが多いと感じていて。2019年には、キャッシュ・ドールというデトロイト出身のラッパーがデビューアルバム『Stacked』をリリースしたんですが、ずっとメジャー契約のしがらみに苦しんできて、やっとインディペンデントでアルバムを出せて涙が出るほど嬉しいとインタビューで語っていました。さらに2020年の前半には、オークランドのラッパーであるカマイヤも、YGのサポートを受けてメジャーと契約していたはずなのに、そこで粗末な扱いを受けていたからという理由で、結局自分でレーベルを立ち上げてインディーズでアルバムをリリースしたんです。

キャッシュ・ドール『Stacked』(2020年)を聴く(Spotifyを開く

カマイヤ『Got It Made』(2020年)を聴く(Spotifyを開く

渡辺:ミーガンもレーベルとの不和を悩みにあげていたので、若い女性だからと付け込まれて、しっかりとした契約が結べていないアーティストが多いのかなと勝手に危惧しています。それこそ、ロクサーヌ・シャンテを題材にした映画『ロクサーヌ、ロクサーヌ』でも、彼女が搾取された契約の話が取り沙汰されていましたよね。こうした問題は、業界内でも男性優位の構造があるがゆえなのかな、と思っています。やはり女性は消費されやすい立場に置かれることが多いと思いますし、こうした問題が改善されると優れたアーティストがより輝けるのだと思います。これはアメリカのヒップホップ業界だけの話ではないですが。

荏開津:その問題はありますよね。マスタ・エース周りのポーラ・ペリーやLescheaというラッパーを思い出します。

ロクサーヌ・シャンテ“Roxanne's Revenge”を聴く(Spotifyを開く

Leschea『Rhythm & Beats』(2008年)を聴く(Spotifyを開く

渡辺:あと、私はもともとラプソディーの大ファンなのですが、その流れで過去のアンダーグラウンド的な女性ラッパーたちの作品を聴き返していて。たとえば、ジーン・グレーあたりが再評価する流れもありえるかも、などと思っています。同時に、文学的な香りがする女性ラッパーの作品を聴きたいと思っていて、まさにノーネームやジャミーラ・ウッズあたりがそうした系譜にいるアーティストだと思うのですが、そうした観点から、おすすめの女性アーティストがいたら教えていただきたいです。

ジーン・グレー『The Bootleg Of The Bootleg EP』(2003年)を聴く(Spotifyを開く

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プロフィール

荏開津広(えがいつ ひろし)

執筆 / DJ / 京都精華大学、東京藝術大学非常勤講師、RealTokyoボードメンバー。東京生まれ。東京の黎明期のクラブ、P.PICASSO、MIX、YELLOWなどでDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域で国内外にて活動。2010年以後はキュレーション・ワークも手がけ、2013年『SIDECORE 身体/媒体/グラフィティ』より、ポンピドゥー・センター発の実験映像祭オールピスト京都ディレクター、日本初のラップの展覧会『RAP MUSEUM』(市原湖畔美術館、2017年)にて企画協力、Port Bの『ワーグナー・プロジェクト』(演出:高山明、音楽監修:荏開津広 2017年10月初演)は2019年にフランクフルト公演好評のうちに終了。翻訳書『サウンド・アート』(フィルムアート社、2010年)、『ヤーディ』(TWJ、2010年)。オンラインで日本のヒップホップの歴史『東京ブロンクスHIPHOP』連載中。

渡辺志保(わたなべ しほ)

音楽ライター。広島市出身。主にヒップホップ関連の文筆や歌詞対訳に携わる。これまでにケンドリック・ラマー、エイサップ・ロッキー、ニッキー・ミナージュ、ジェイデン・スミスらへのインタビュー経験も。共著に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門』(NHK出版)などがある。block.fm「INSIDE OUT」などをはじめ、ラジオMCとしても活動中。

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