荏開津広×渡辺志保 音楽から見るBLMの様相

荏開津広×渡辺志保 音楽から見るBLMの様相

2020/09/29
インタビュー・テキスト・編集
久野剛士
撮影:寺内暁

ビヨンセらの動きから見える、ルーツとなるアフリカに目を向ける姿勢

―まさにNONAMEとJ.Coleの一件が象徴的でしたが、荏開津さんは「肌の色が同じでも、決して意見が一緒ではない」ということに関心を向けられていますね。

荏開津:そうですね。アンダーソン・パークの“Lockdown” (2020年)からもわかるように、コロナの影響も大きいなと思いました。みんなでマスクして、外出を自粛しないといけないコロナ禍って、アメリカ人が尊重する「自由」という概念が締め付けられますよね。

アンダーソン・パーク“Lockdown”を聴く(Spotifyを開く

荏開津:あと、『BET』のアワードで、Public EnemyのステージにRapsodyやYGが出てきたのは、この運動に対してさまざまな世代がコミットしていることが示されていて、すごくよかったですね。

渡辺:YGは“FDT”(Fuck Donald Trumpの略)から“FTP”(Fuck The Policeの略)まで歌っていましたけど、きっとPublic Enemyをリアルタイムで聴いていた世代で、YGをちゃんと聴いている人はあまりいないと思います。にもかかわらず、YGやRapsodyが共演するのは素晴らしいですよね。

YG“FTP”を聴く(Spotifyを開く

Public Enemy“Fight The Power: Remix 2020” を聴く(Spotifyを開く

荏開津:私も含めた音楽ジャーナリズムはPublic EnemyとYGを世代間として対立させたり、ケンドリック・ラマーとLil Babyを対立させたりしがちですよね。でも、アフリカン・アメリカンの大きなカルチャーがあって、その一部だということは、もっと意識してもいいかと思います。それぞれに対立ではない「違い」があるし、あって当然です。今回のブラック・ライブズ・マターの動きは、そうしたカルチャーにおいての違いは対立ではないと気づかせてくれたとも言えます。ファレルとJAY-Zの“Entrepreneur”MVにも、いろんな人が出てきますよね。


“Entrepreneur”MV

渡辺:“Entrepreneur”は、世界で活躍する黒人企業家たちをフィーチャーしたMVが特に素晴らしいですよね。ただその一方で、この曲のJAY-Zのヴァースに関して、「起業できるスタートラインにすら立てないアフリカン・アメリカンのほうが圧倒的に多いのでは」など、一部では批判もあるみたいです。

荏開津:ファレルなりにこの曲を出すときに、何が適切な、必要なことなのかいろいろと考えたと思います。これは他のマイノリティーの問題や、女性の問題もそうで、ヴァージニア・ウルフの「女性が作家になるためにはお金と彼女自身の部屋が必要だ」という有名な言葉がありますが、こうした曲に行き着いたのは悪いことではない。ただ、アメリカでは約63%の人が緊急時に使える500ドルの貯蓄もないと先日雑誌『フォーブス』の記事を読みました。それはもちろんアフリカン・アメリカンの人たちだけじゃないんですが、やはりそうした環境では先ほど志保さんが言ったような批判も出るのはおかしくはないかもしれません。

また、ヒップホップとビジネスの両立は難しいですよね。最初こそ、成り上がるためのリリックを書いていても、実際に成功すると書くことがなくなってしまうという人もいます。そのとき、先ほどのCOMMON、The Roots、D’Angelo、エリカ・バドゥなどいわゆる「オーガニック・ソウル」と呼ばれたR&Bとヒップホップの交叉するようなアーティストたちは一定の成功を収め、深い表現の探索を続けているのではないかと今回また思い直しました。ジャミラ・ウッズなども、彼らの影響を感じるんですよね。

渡辺:そうですね。ただ、“Entrepreneur”で一貫して言われている「アフリカン・アメリカンのビジネスをサポートする」ということは事実としてあって。ビヨンセも“BLACK PARADE” (2020年)を出したときに、HPにアフリカン・アメリカンが経営するビジネス、例えば街の小さな石鹸屋さんやブティック、レンタカー店を掲載して、「彼らをサポートしましょう」というキャンペーンをしていました。

もともとアメリカ国内のみのビジネスを紹介していましたが、今ではさらに範囲が広がって、フランスやアフリカの黒人が経営するビジネスまで掲載されるようになっているんです。ちなみにビヨンセはディズニーと組んで、ものすごい予算を使った『Black is King』(2020年)というアフリカン・ディアスポラの一大絵巻を作っていて。昔から、白人至上主義的だと批判されていたディズニーが、アフリカのルーツに迫るという取り組みは、10~15年前だったら全く考えられなかったことだと思うので、それだけでも興味深いなと感じました

ビヨンセ“BLACK PARADE”を聴く(Spotifyを開く

ビヨンセ『The Lion King: The Gift [Deluxe Edition] 』を聴く(Spotifyを開く

荏開津:本当にそうですよね。私も「これがメジャーのアーティストがやることなのか」とびっくりしました。Sun Raの映画を見ているみたいですよね。でもそれは私が年寄りだからです。

しかも、「ディアスポラ」という言葉って、ポジティブな意味ではない。もともとはユダヤ戦争のあとの人種の離散のことで、アフリカにいた人々が大西洋の奴隷貿易によって連れて行かれたというのが言葉の背景にあるわけですから。『Black is King』もそうですが、Goldlinkが『Diaspora』(2019年)ってアルバムをリリースしたり、ヒップホップがアフロビートを取り入れたりしたときに、アフリカへの意識が昔と変化しているのを感じました。

昔だったら、アフリカのモチーフや衣装を取り入れたりすると、アフリカン・アメリカンのあいだでも揶揄の対象にされることがあったと思います。でも、公民権運動、ブラックパンサー党から、自分たちらしさをヘア・スタイルやファッションから見せていたエリカ・バドゥなどを経て、若者の世代でもファッションとしてそれらを楽しむし、新しアイデンティティを探ることととしてもつながっていくんだと思います。

Goldlink『Diaspora』を聴く(Spotifyを開く

渡辺:マーカス・ガーベイ(ラスタファリ運動にも大きな影響を与えた、アフリカ回帰運動の指導者、1940年逝去)の唱えるアフリカ回帰とは別の、アフリカのルーツをもっと知ろう、もっと触れようという姿勢は感じられますよね。

そしてまさに今、オプラ・ウィンフリー(アメリカでトップクラスに人気のある司会者、俳優)が出資して、『1619』というプロジェクトが進行中と言われています。もともとは『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』の企画だったもので、それを映像化すると。「1619」というのは、奴隷貿易が始まった年ですね。私もブラック・ライブズ・マターを通じて、もっとアメリカの歴史に目を向けないといけないと思ったんですけど、アフリカン・アメリカンの中ではさらにルーツとなるアフリカに目を向けようとする雰囲気があるのかもしれません。

―日本にも目を向けると、日本のポップミュージックも、アフリカン・アメリカンが生んだ文化を土台にして、つまり搾取して成熟してきた側面があります。そうした歴史を持つ日本人として、この問題と今後どう向き合うべきだと思いますか。

渡辺:それは本当に私も考えに考えているんですが、結論としては「Educate Myself」、つまり知識を得て、学ぶことに尽きると思っています。音楽ジャンルとしてのヒップホップやジャズ、ブルースなどは彼らの歴史から生まれたものの輸入文化であるわけですが、時間が経てば経つほど、歴史から切り離されて独り歩きしていってしまうものです。

もちろん、荏開津さんが先ほどおっしゃっていたように、それはみんながポップカルチャーとして楽しめるものとして、よい側面もあります。ただ、アフリカン・アメリカンというのは、ほかの民族が経験していない背景や歴史を背負った民族でもあるので、その人々から生まれた文化を愛するのであれば、その歴史を知らねばならないと思っています。音楽なりダンスなり、彼らの文化に触れ、さらにそれを商売にするのであれば、彼らへリスペクトを示すことは当然だと思いますし、これまで足りていなかったのはそういう部分かなとも思います。

荏開津:私はもっとギャングスタ・ラップを聴かなければならないと思います。もちろん道徳的には、ギャングスタ・ラップは正しいばかりではないですが、どう発展してきたかという歴史を考えると、ヒップホップはギャングスタの人たちが始めた音楽なんですよね。アメリカ社会の中で理不尽な目に合った人たちがいて、その歴史の中でギャングスタの人たちが始めたのがヒップホップなのだから、そうした歴史を辿ることで新しく見えてくることがあると思うのです。

また、今の日本に特権階級の作ったカルチャーってあるんでしょうか? ならばますます、人種や階級で差別される側の人々が作ってきた、特権階級以外のアウトサイダーのカルチャーについて少しづつでも知りたいです。私たちみんなの未来と深く関係があると思うんです。「なんでそんな風に思うのか?」と言われたら、まだ子どもの頃にラップを聞いて、その歌詞を読んで感動したからかも知れない、と答えます。

『Black Lives Matter』プレイリストを聴く(Spotifyを開く

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プロフィール

荏開津広(えがいつ ひろし)

執筆 / DJ / 京都精華大学、東京藝術大学非常勤講師、RealTokyoボードメンバー。東京生まれ。東京の黎明期のクラブ、P.PICASSO、MIX、YELLOWなどでDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域で国内外にて活動。2010年以後はキュレーション・ワークも手がけ、2013年『SIDECORE 身体/媒体/グラフィティ』より、ポンピドゥー・センター発の実験映像祭オールピスト京都ディレクター、日本初のラップの展覧会『RAP MUSEUM』(市原湖畔美術館、2017年)にて企画協力、Port Bの『ワーグーナー・プロジェクト』(演出:高山明、音楽監修:荏開津広 2017年10月初演)は2019年にフランクフルト公演好評のうちに終了。翻訳書『サウンド・アート』(フィルムアート社、2010年)、『ヤーディ』(TWJ、2010年)。オンラインで日本のヒップホップの歴史『東京ブロンクスHIPHOP』連載中。

渡辺志保(わたなべ しほ)

音楽ライター。広島市出身。主にヒップホップ関連の文筆や歌詞対訳に携わる。これまでにケンドリック・ラマー、A$AP・ロッキー、ニッキー・ミナージュ、ジェイデン・スミスらへのインタヴュー経験も。共著に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門」(NHK出版)などがある。block.fm「INSIDE OUT」などをはじめ、ラジオMCとしても活動中。

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