宇多丸が時代に添いながら『アトロク』で示す、ダメさの肯定

宇多丸が時代に添いながら『アトロク』で示す、ダメさの肯定

インタビュー・テキスト
松井友里
編集:久野剛士(CINRA.NET編集部)

息苦しい状況の中でも、適度に力を抜いて雑でいたり、正気を保つためのバランスを取る方法を伝えたい。

―『スター・ウォーズ』を熱く語っていた小学生の頃から、『巨人の星』の構造について考えている現在まで、ずっとそうした楽しみ方をしてこられたんですね。

宇多丸:映画評なんて面倒臭くてしょうがないですよ。休みの週があると「やったー!」っていってますし。ただ、番組内で評した作品とそうじゃない作品では、あとから振り返ったときに、理解度や覚えていることの量が段違いなんですよね。どれだけいい映画でも、映画評で扱っていないと体験として薄い。映画評でけなしている映画って、一見突き放しているように感じるかもしれないんだけど、「この描写おかしくね?」っていいながら観ていることも含め、映画を味わい尽くしているんだと思うんです。自分がなぜ面白いとかつまらないとか思ったのかを探っていくと、そこには必ず理由があるし、その理由がわかる方がやっぱり面白いんですよね。

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―1つでもそうやって味わい尽くせる分野に出会えると、そこから自分なりのものの見方というのが形作られていきますよね。

宇多丸:「なんでもかんでも自分のフィールドに引きずり込みやがって」っていう我田引水的な面もあると思うけど、知識がなかったり、理解し難いジャンルも、自分に置き換えて考えることができるようになりますよね。

たとえばBL的なリテラシーがある人は、本来だったらそう見なされていないところにも関係性を読み取って楽しめるわけで。僕もBL的な読み解き方を教わったことで、ずっと批判的だった森田芳光版の『椿三十郎』(2007年)にも、元の作品(黒澤明監督版)にはない味わいがあるんだと思えるようになりましたし。(高野)政所くんが最近提唱している「ストリートテクニック」もまさにそれですね。1つ視点を入れるというだけで、あとは無ですから(笑)。

―そうしたいい意味で、ある種偏った視点を『アトロク』は肯定していますね。

宇多丸:もっととんでもない偏りを入れていきたいですけどね。

―今回はこうした状況なのでリモートで取材をさせていただいたわけですが、最後に、宇多丸さんがいまラジオを通じてどんなことを伝えたいと思っているのかをお聞きしたいです。

宇多丸:番組やパーソナリティーによってやるべきことは違うと思いますけど、僕は「コロナ期モードから戻るのが正直めんどい」みたいな、決して褒められたものではないかもしれないちょっとしたダメさや、なにか問題と向き合うときに、はっきりした意見をいえなくて、もごもご口ごもってしまうような感覚や態度を否定せずにいたいと思っていて。そもそもカルチャーって、正しさだけを提示するものではないと思うんです。ダメさや醜さも含め、人間的な面すべてを包括するのがカルチャーだから、カルチャーを伝える番組として、正しいことだけをいおうとしたくはないんです。

もちろんいまはこういう状況だから、社会の中で気をつけなければいけないことは伝えているし、現政権のやり方に対して「さすがにこれはないだろ」って思ったときはいっています。でも基本的にこの番組では、「ちょっと酒でも飲みましょうよ」とか「いったん馬鹿な映画でも観ようよ」って、息苦しい状況の中でも、適度に力を抜いて雑でいたり、正しさだけじゃない幅や、正気を保つためのバランスを取る方法を伝えたいと、思っているんです。

橋本:談志師匠は「落語は人間の業の肯定」だといっていましたけど、僕はラジオも人間の業の肯定だと思うんですよ。

宇多丸:とはいえ、ダメを肯定するっていうのは、なんでもかんでもいっていいっていうこととは違う。やっぱり世の中とリンクして、時代によってアップデートを重ねていったうえで、ダメさを肯定していくことが大切なんだと思います。

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番組情報

『TBSラジオ・アトロク放課後podcast』(Podcast)
TBS『アフター6ジャンクション』(Podcast)

プロフィール

宇多丸
宇多丸(うたまる)

1969(昭和44)年東京生れ。ラッパー、ラジオ・パーソナリティ。1989(平成元)年、大学在学中にヒップホップ・グループ「ライムスター」を結成。日本ヒップホップの黎明期よりシーンを牽引し第一線での活動を続ける。また、ラジオ・パーソナリティとしても注目され、2009年にはギャラクシー賞「DJパーソナリティ賞」を受賞。番組内コーナーの映画批評コーナーが人気を呼ぶ。

橋本吉史(はしもと よしふみ)

1979年生まれ。富山県出身。一橋大学商学部経営学科卒業。2004年、新卒で株式会社TBSラジオ&コミュニケーションズに入社し、制作センターに配属。ADおよびディレクターとして『ストリーム』『伊集院光 日曜日の秘密基地』『荒川強啓 デイ・キャッチ!』『小島慶子キラ☆キラ』を担当。2007年より『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』(通称:タマフル)を立ち上げる。現在、『アフター6ジャンクション』プロデューサーを務める。

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