荏開津広×渡辺志保のラップ詞談義 混沌の時代に響くリリック

荏開津広×渡辺志保のラップ詞談義 混沌の時代に響くリリック

インタビュー・テキスト
久野剛士(CINRA.NET編集部)
撮影:寺内暁

本来は詩とパフォーミング・アーツとラップは近いはずです。(荏開津)

―そもそも、ラップのリリックの魅力はどんなところに感じられていますか?

荏開津:アメリカのラップは、文学の詩の形式からきています。文学の詩も韻を踏むし、ラップも韻を踏みます。ただし最初は頭韻、脚韻で踏んでいただけなのが、韻の踏み方がすごく複雑になってきたのがラップの歴史で。そして、それがビートと絡み合うことでよりユニークになっています。ただし、本質的にやってることは文学の詩と変わらない。というか、最初の世代がラップをするのに参考にしたのはラスト・ポエッツ(The Last Poets)やギル・スコット・ヘロン(Gil Scott Heron)といった政治的なポエトリー・リーディングの人たちです。それをティーンや、ドラッグディーラーのそれまで「声を持たなかった人々」がやっているのが面白いんですね。

渡辺:アメリカはラップと詩の朗読、つまりポエトリー・リーディングの境目がいい意味で曖昧ですよね。ジル・スコット(Jill Scott)やノーネーム(Noname)といった、ポエトリー・リーディング出身のミュージシャンも数多くいます。「スラム」と呼ばれるアメリカのポエトリー・リーディングのバトルの動画を見ると、まさにラップバトルのように盛り上がっていることもあって。それくらい2つの表現が近い場所にある。アメリカだとパフォーミング・アーツに対する敷居が低いからなのか、ラップ・詩・演劇の世界がすごく近くていいなって思っていたんですよ。それこそ、ジル・スコットは女優としても開花しているし。私は現代詩や演劇には全く詳しくないのですが、そこがうまく組み合わさると、日本のヒップホップ・シーンにもまた新しい地平が開けていきそうな気がします。

『This Is Noname』を聴く(Spotifyを開く

荏開津:ドナルド・グローヴァーとかも、そういう視点でみると面白いと思うんです。日本だと演劇は演劇、ラップはラップと、交わらない世界なんですよね。ただし、本来は詩とパフォーミング・アーツとラップは近いはずです。ドナルド・グローヴァーはもともとニューヨーク大学の頃から学生コメディアン兼脚本家で、ラップはあとから「コメディアン / 脚本家がやってみました」みたいなテンションがスタートだと思います。“This is America”だけを取り出して、ラップの良心派みたいな誤解が日本で広まってしまった気がします。同時に『アトランタ』は今までなかったような形でフッドとそうではない人々を結びつけたし、そこがドラマという限界を超えて興味深いです。

『This Is Childish Gambino』を聴く(Spotifyを開く

渡辺:そうですね。もともとは演劇畑の人で、ラップの内容もシニカルなものが中心でしたから。

ほかに、ニッキー・ミナージュ(Nicki Minaj)も、もともとはアル・パチーノらを輩出したラガーディア芸術高校という名門芸術学校出身で、演劇に対する下地は十分にある。それもあってか、彼女は、自分の声色を変えてどんどんラップするんですよね。いまの芸風は変わってしまったんですが、もともとは3人のオルターエゴを作って、声色を使い分けてラップしていました。そうした複雑な表現も、パフォーミング・アーツとラップの距離の近さを感じる部分ではあります。

ケンドリック・ラマーの『TPAB』を聴いたときにも、私は長いモノローグを聴いてるみたいだなと思ったんです。劇場の中で、彼の一人芝居を見てるようだなって。それほど表現力に富んだラッパーはまだまだ日本では数少ないですよね。

『This Is Nicki Minaj』を聴く(Spotifyを開く

荏開津:それはこれからの課題というか、一人ひとりの才能の問題というよりも、アメリカは演劇・詩・ラップの距離が近いから、すべてに少しずつコミットしながら自分の才能を開花させていける。ラップはラップだけ、演劇は演劇だけというと、個人でそこをクロスするには限界があると思います。

―韻の踏み方の複雑化は、フロウにも影響を与えた話もされていましたね。

渡辺:ラップの韻の踏み方、ビートに対するアプローチの仕方の変化はこの20年くらいでググッと変化したところだと思うんですよね。「リリシスト」としてではなく、ビートと遊べるラッパーが成功をおさめる傾向が強くなりました。そういう傾向は、リル・ウェイン(Lil Wayne)の存在が大きかったのかなと思います。

荏開津:僕は、リル・ウェインの重要性に気づくのが少し遅かったんですよね。

渡辺:私はまさにリル・ウェインが神のような、ど真ん中の世代なんですよ! リル・ウェインのリリックの凄さは、まざまざと体験してきて。たとえば、彼が脈々とリリースし続けている『Carter』シリーズ。インパクトとしては、1週間で100万枚ヒットという凄まじいセールスを記録した『Tha Carter III』が最も大きのではないかと思うのですが、4作目となる『Tha Carter IV』に収録されている“6 foot 7 foot”という曲が、本当にすごい歌詞なんですよね。リル・ウェインのキャリアに置いて最も有名な「ラザニアのライン」というものがあって。<俺はリアルなGだから ラザニアのように静かに動く>。これだけ聴くと、「なにいってるんだ?」と思うんですよ。でも、もともとイタリア語であるラザニアのスペルは「Lasagna」。真ん中に「g」が入ってるんですけど、このgは発音されないサイレントな「g」なんです。そして、ラップの世界でgというと、ギャングスタという意味を持つ。だから、「俺はラザニアの中に入ってるgみたいに、余計なことをいわず、黙って自分のことをやるぜ」っていう意味なんですよ。

同じ曲に、<俺はラッパーたちを殺して、そのあとミンクを着るんだ>っていうラインもあって。私も最初、「なんでだろう?」と思ったんです。みんなを殺して手にした金で、ミンクを着るのかなと思ったんです。でも、みんなを殺して、ラッパーたちの剥いだ皮でミンクを仕立てるって意味で。リル・ウェインのリリックは、なぞなぞみたいになっていて、オチの部分をリスナーに考えさせるようなリリックなんですね。彼はそうした余白を作るのが天才的にうまい。

さらに彼がすごいのは、ビートに対して一つひとつの単語をドロップするようなフロウで柔軟にラップをしていて。このフロウがなかったらフューチャー(Future)もヤング・サグ(Young Thug)も出てこなかったと思いますから、2000年代後半のラップ界における発明として、リル・ウェインのフロウとワードプレイは逸品だと思います。

リル・ウェイン『Tha Carter IV』を聴く(Spotifyを開く

荏開津:仰ったラザニアのラインは、知る限り古いものではブギ・ダウン・プロダクションズの1988年"Stop The Violence"という曲の<本当に悪い奴らは静かに動く(cause real bad boys move in silence)>というリリックを思い出します。次にノトーリアス・B.I.G.(The Notorious B.I.G.)が"Ten Crack Commandments"で引用して、それをラザニアにうまく変換したものだと私たちの世代は解釈して聴いてぐっとくる。ラップは過去のものをどんどん進化させていくから、ずっと聴いていると面白いことはいっぱい起きますね。

渡辺:まさにそうですね。みんな、パクリではなく、リスペクトとイノベイティブな気持ちを持って引用している。その面白さは長く聴いていると感じるものだと思います。

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プロフィール

荏開津広(えがいつ ひろし)

執筆 / DJ / 京都精華大学、東京藝術大学非常勤講師、RealTokyoボードメンバー。東京生まれ。東京の黎明期のクラブ、P.PICASSO、MIX、YELLOWなどでDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域で国内外にて活動。2010年以後はキュレーション・ワークも手がけ、2013年『SIDECORE 身体/媒体/グラフィティ』より、ポンピドゥー・センター発の実験映像祭オールピスト京都ディレクター、日本初のラップの展覧会『RAP MUSEUM』(市原湖畔美術館、2017年)にて企画協力、Port Bの『ワーグーナー・プロジェクト』(演出:高山明、音楽監修:荏開津広 2017年10月初演)は2019年にフランクフルト公演好評のうちに終了。翻訳書『サウンド・アート』(フィルムアート社、2010年)、『ヤーディ』(TWJ、2010年)。オンラインで日本のヒップホップの歴史『東京ブロンクスHIPHOP』連載中。

渡辺志保(わたなべ しほ)

音楽ライター。広島市出身。主にヒップホップ関連の文筆や歌詞対訳に携わる。これまでにケンドリック・ラマー、A$AP・ロッキー、ニッキー・ミナージュ、ジェイデン・スミスらへのインタヴュー経験も。共著に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門」(NHK出版)などがある。block.fm「INSIDE OUT」などをはじめ、ラジオMCとしても活動中。

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