荏開津広×渡辺志保のラップ詞談義 混沌の時代に響くリリック

荏開津広×渡辺志保のラップ詞談義 混沌の時代に響くリリック

インタビュー・テキスト
久野剛士
撮影:寺内暁

ラップミュージックにメッセージ性が宿るのはなぜかと考えていたんです。(渡辺)

―クラシック音楽好きの私の友人も、学生時代に鬱になったとき、ギャングスタラップを聴いて、元気が出たことがありました。友人は、「自己肯定感が高まる」といっていましたね。

渡辺:たしかにそれはありそうですね。アメリカでも、ジェイ・Zのハスラーとしての美学や名言はすごく重宝され、共有されています。街角のドラッグディーラーだった少年が、アメリカを代表するビリオネアになって、大統領と会食するまでの地位に上り詰めた。アメリカン・ドリームにおける理想的なロールモデルともいえますよね。

私なりにラップミュージックになぜメッセージ性が宿るのか、考えていたんです。それは楽器がなくても成立する音楽、つまり言葉がないと成立しない音楽なので歌詞のメッセージにウェイトが乗ってくるのは当然のことなんだろうと思います。さらにいえば、ラップで人生を切り拓いた男女の言葉に強い共感を人々が抱くのは、至極当然のことだよなとも思います。

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荏開津:もちろん例外はあるでしょうが、かつてのポップソングの基準では、ボーカルは「歌がうまいか下手か」ですよね。魅力的な声があって、歌がうまいか。しかも職業作家の人が歌詞を書いて、どうすれば売れるかというマーケティングの視点で歌詞をあて込んでいくわけですよね。

プロテストフォークやロックが登場して、「下手でもいいから自分の思いを歌にしよう」という動きが出てきた。ただし、それは革命思想というか、スチューデント・パワーに共鳴していた人々がやっていたわけです。

そうした政治の時代のあと、1980年代になるとレーガノミックスとかで、経済がある程度豊かになりますが、ラップが生まれたコミュニティーは、アメリカ社会のどん底。ラップは、そこから上を見たところからスタートした音楽というか遊びです。だから自身で歌詞を書くことと相性がいいですよね。そして一番上にトランプ・タワーがあったとして、ラッパーはみんな下からの視点でリリックを書き始めたと思うんですよ。低所得者用住宅の窓から見える風景が内面化されたリリックです。自分がクイーンズに住むロクサーヌ・シャンテだったらそのはずです。そうなると、どうしたって元気を出さざるをえないし、歌詞にかかるウェイトが大きくなると思います。

渡辺:日本はよくも悪くも清貧主義で、お金に対して意地汚くなるのが品がないとされますよね。ただ、アメリカ社会のゲトーで生きている人にとっては、「今日、食べていけるか」「明日、寝る場所があるか」というのは逼迫した問題です。さらに人種による階層もありますから、実際にアメリカに行ってそうした人たちと話すと、お金を稼ぐことに対する意欲の高さ、エネルギーは私たちとは比べ物にならないなと思うことが多いです。ラップでヒット曲を作ることに命を掛けている若者が、本当にたくさんいる。それがラップミュージック、もしくはギャングスタラップの持つエネルギーに一気に集約されていると思います。

もともとギャングスタのみなさんは「錬金術」に長けた人たちで、商売とはなにか、ということを熟知している。そういう環境だからこそ、ジェイ・Zやドクター・ドレー(Dr. Dre)といった人材が生まれてきたのかもしれません。彼らのビジネスマンとしての側面に、白人男性すらもリスペクトを送らざるを得ない、という点には、ダイナミックさを感じます。逆に私は、身近にそんなダイナミックな人がいないということもあって、彼らの生き方やリリックをある種のフィクションやファンタジーのような感覚で受け止めているというところもあるんです。

荏開津:そうですよね。実際、すべてが事実だったり、隣り合わせの出来事ではないですからね。うまく事実とフィクションを混ぜている部分がいいところというか、「ゲトー」からのラップが全てドキュメントであるべきだというのは、所得や階級が低い人には想像力がないという思い込みや誤解がもしかしたらあるからなのでしょうか。

渡辺:Netflixの『デヴィッド・レターマン: 今日のゲストは大スター』でジェイ・Z自身が「自分の曲もエミネムの曲も、すべてが事実ではない」といっていますからね。

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プロフィール

荏開津広(えがいつ ひろし)

執筆 / DJ / 京都精華大学、東京藝術大学非常勤講師、RealTokyoボードメンバー。東京生まれ。東京の黎明期のクラブ、P.PICASSO、MIX、YELLOWなどでDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域で国内外にて活動。2010年以後はキュレーション・ワークも手がけ、2013年『SIDECORE 身体/媒体/グラフィティ』より、ポンピドゥー・センター発の実験映像祭オールピスト京都ディレクター、日本初のラップの展覧会『RAP MUSEUM』(市原湖畔美術館、2017年)にて企画協力、Port Bの『ワーグーナー・プロジェクト』(演出:高山明、音楽監修:荏開津広 2017年10月初演)は2019年にフランクフルト公演好評のうちに終了。翻訳書『サウンド・アート』(フィルムアート社、2010年)、『ヤーディ』(TWJ、2010年)。オンラインで日本のヒップホップの歴史『東京ブロンクスHIPHOP』連載中。

渡辺志保(わたなべ しほ)

音楽ライター。広島市出身。主にヒップホップ関連の文筆や歌詞対訳に携わる。これまでにケンドリック・ラマー、A$AP・ロッキー、ニッキー・ミナージュ、ジェイデン・スミスらへのインタヴュー経験も。共著に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門」(NHK出版)などがある。block.fm「INSIDE OUT」などをはじめ、ラジオMCとしても活動中。

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