山口百恵と松田聖子 二人に通底する、歌詞と人生の相互作用

山口百恵と松田聖子 二人に通底する、歌詞と人生の相互作用

2020/06/05
テキスト
栗原裕一郎
編集:久野剛士(CINRA.NET編集部)

阿木燿子の歌詞によって変化を見せた、山口百恵の物語

百恵は千家和也の書く詞があまり好きではなかったのかもしれない。阿木燿子『プレイバックPARTⅢ』(1985年 / 新潮文庫)の解説で、三浦姓になった百恵は、阿木の“横須賀ストーリー”に出会う以前の曲、つまり千家が手掛けた曲について「あくまでアイドルという路線を踏みはずすことの無いような、無難な曲作りに重点がおかれていた」と突き放すように書いている。

13枚目のシングル“横須賀ストーリー”は、後期百恵の開始を告げた曲であり、彼女の全楽曲の中でもっとも重要な曲である。百恵自身「運命に近い衝撃的ともいえる出逢い」だったと先の解説で振り返っている。
「横須賀という街が、あの日以来私の中で、それまでと違った輝きを放ち出した。 / 一篇の詩で、故郷のイメージは、ドラマチックでセクシーな香りを漂わせはじめた。私自身の歌というものに、初めて出逢えたのだと実感した」。

これっきりこれっきり
もうこれっきりですか
急な坂道駆けのぼったら
今も海が見えるでしょうか
ここは横須賀

作曲は宇崎竜童。百恵の「宇崎さんの曲を歌ってみたい」という希望で実現した曲だった。

山口百恵“横須賀ストーリー”を聴く(Spotifyを開く

“横須賀ストーリー”を手にしたとき、百恵は阿木を名前しか知らなかった。阿木はメディアを通しての百恵しか知らなかった。横須賀育ちの阿木が唯一の接点であるその街を手掛かりに書いた詞が、百恵に「私自身の歌」とまでいわせる共振を引き起こしたのである。フィクションの奇跡がこの曲には宿っている。

この曲をきっかけに、百恵への楽曲提供は、阿木-宇崎コンビが主流を担うようになる。特筆するべき曲が多すぎて扱い切れないが、僕個人がリアルタイムに接していて驚かされたのは、25枚目のシングル“美・サイレント”だ。

あなたの○○○○が欲しいのです
燃えてる××××が好きだから

○と×はブランクで、テレビで歌うとき百恵はマイクを逸らし唇の動きだけを見せた。当時中学生だった同級生たちは無邪気に歳相応の興味にそったフォーレターワーズを当てはめて喜んでいた。「青い性」路線を引き継ぎ発展させたようにも見える試みだが、百恵の歌手としての成熟は、際どさを含み込んだ歌詞をむしろ格調高いものに転じていた。まったく歌謡曲史に銘記されるべき実験である。

山口百恵“美・サイレント”を聴く(Spotifyを開く

抽象化・虚構化した世界の中で成長する。松本隆が築いた松田聖子像

CBS・ソニーと集英社の雑誌『月刊セブンティーン』(現『Seventeen』)が主催する『ミス・セブンティーン・コンテスト』九州地区大会で優勝したことが蒲池法子の芸能界入りのきっかけだったが、松田聖子としてデビューするまでの道程は順風満帆ではなかった。父親に猛反対され、所属することになるサンミュージックも最初は期待をよせていたわけではなかった。だが、紆余曲折と見えたことのすべてが運命の女神に姿を変え彼女に微笑むことになる。

聖子を見出し執着したCBS・ソニーの若松宗雄がプロデュースを手掛けた。若松はデビュー曲を、サーカス“アメリカン・フィーリング”のヒットで注目を集めていた新進の小田裕一郎に依頼した。旧来の歌謡曲とは異なる洋楽センスが聖子の声を活かすに違いないと見込んでの人選だった。作詞には三浦徳子が指名された。そして“裸足の季節”が誕生した。

松田聖子『裸足の季節』を聴く(Spotifyを開く

三浦はシングルを5曲目の“夏の扉”まで手掛けた。初めて会ったときの清潔で天真爛漫な様子、色白の頬に差す桜色が印象に残った三浦は、聖子の基本カラーを「淡いピンク」に決めた。2枚目のシングル“青い珊瑚礁”に<渚は恋のモスグリーン>というフレーズがあるが、これはピンクに対する補色効果を狙ったものだったという(石田伸也『1980年の松田聖子』2020年 / 徳間書店)。

松田聖子『青い珊瑚礁』を聴く(Spotifyを開く

初期聖子の溌剌さ弾ける世界観は三浦と小田によって作られたわけだが、1970年代までのアイドル歌謡とは決定的に異なる性質を備えてもいた。それは、歌詞に織り込まれた英語の譜割りと発音である。

“青い珊瑚礁”の<はしゃいだ私はLittle Girl>、“風は秋色”の<La La La...Oh ミルキィ・スマイル>といった箇所の譜割りと発音は、英語をカタカナに文節して日本語と同様に処理するいわゆるカタカナ英語ではなく、英語本来のシラブルで歌われている。

これはシティ・ポップスの方法論であると、高護は『歌謡曲-時代を彩った歌たち』(2011年 / 岩波新書)で指摘している。高がその先駆けとして示したのは、他でもない、小田の“アメリカン・フィーリング”である。

この変革は、1970年代初頭にはっぴいえんどと内田裕也との間に起こり、キャロルがなし崩しに解決してしまった「日本語ロック論争」、その歴史的転換が、初期聖子にいたってついに、ごくさりげない歌謡曲として実を結んだものと見ることもできるだろう。

小田自身はこんなことをいっている。音と音を滑らかに繋げるスラーという演奏技法がある。それを聖子に声でやらせてみたのだと。「これができることによって、例えば3作目の『風は秋色』に<あなたのせいよ>って歌詞があるけど、これが「~SAY YO」と洋楽的に聴こえる効果をもたらした」(『1980年の松田聖子』)。

6枚目のシングル“白いパラソル”から作詞が松本隆に代わり、以降、1988年のアルバム『Citron』まで聖子の作詞のほぼすべてを担うようになる。またプロデューサー的な役割も務めるようになり、はっぴいえんど人脈を中心に、多彩な人材が聖子プロジェクトに引き入れられていった。

松田聖子『白いパラソル』を聴く(Spotifyを開く

松本が聖子で試みたことは多岐にわたるが、僕なりに抽出すると、抽象化・虚構化を徹底すること、男女の力関係をイーブンにすること、歌の主人公の少女を成長させることの3点が重要だったのではないかと思う。

抽象化・虚構化は、舞台装置に注目すると明らかである。「渚」(“白いパラソル”)、「高原のテラス」(“風立ちぬ”)、「春色の汽車」と「駅のベンチ」(“赤いスイートピー”)、「渚のバルコニー」から見る「ラベンダーの夜明けの海」(“渚のバルコニー”)、「常夏色」の「夢」や「風」を追いかける「プール」サイド(“小麦色のマーメード”)……。

どことも知れないこうしたメルヘンチックな世界で「私」と「あなた」の恋が展開されるわけだが、「私」は愛してると寄り添いはしても従属はしない。失恋して<帰りたい 帰れない あなたの胸に>と嘆きつつ<一人で生きてゆけそうね>(“風立ちぬ”)とうそぶいたり、<キスしてもいいのよ>(“渚のバルコニー”)と誘ったり、<肩にまわした手が少し馴れ馴れしい>と<軽くつねった>(“Rock'n Rouge”)りする柔らかな強さを備えた少女だ。

フェミニストの小倉千加子は、聖子の歌う「私」には「成長の過程」がないと喝破したが(『増補版 松田聖子論』2013年 / 朝日文庫)、成長はするのだ。たとえば“野ばらのエチュード”の「私」は<よろこびも哀しみも / 20才なりに知>るし、“ピンクのモーツァルト”では<去年のように / 声あげてはしゃげない大人の恋>が描かれる。

松田聖子『野ばらのエチュード』を聴く(Spotifyを開く

松田聖子『ピンクのモーツァルト』を聴く(Spotifyを開く

とはいえ、徹底して抽象化・虚構化した世界の中で、生身の聖子の年齢に見合った成長を「私」にさせるというのは、なかなか無理な目論見である。小倉の指摘もむべなるかな。だが、松本隆が松田聖子という世界観において挑んでいたのは、そんな、本質的に矛盾をはらんだ試みだったのではないか。その試みがもっとも成功したのはおそらく、呉田軽穂(松任谷由実)を作曲に迎えた8枚目のシングル“赤いスイートピー”である。

好きよ今日まで
逢った誰より
I will follow you あなたの
生き方が好き

松田聖子『赤いスイートピー』を聴く(Spotifyを開く

「あなた」ではなく「あなたの生き方」が好きだというその精神の成長に注目したい。<同じ青春 / 走ってゆきたいの>と願った「あなた」とは、しかし別れることになる。「私」と「あなた」の関係が破局した後の未来を描いた“続・赤いスイートピー”収録のアルバム『Citron』をもって、松本と聖子のコラボレーションは一旦の完結を見た。「聖子の成長を全て描き切ったと松本は思った」(『1980年の松田聖子』)。

松田聖子『Citron』を聴く(Spotifyを開く

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「This Is 山口百恵」プレイリスト

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