10年以上前から存在していたオーディオコンテンツPodcast。それがこの数年、アメリカでユーザーが急増。12歳以上のアメリカ人のうち月一度以上Podcastを聴く割合は、2014年に15%だったが、2020年3月時点では3人に1人(37%)にまで広がったというデータもあり(Edison Research社)、オバマ元大統領夫妻やマーク・ザッカーバーグといった人々まで参入するなど、大きな注目を集めている。そうした中、Podcastの将来性を確信したSpotifyも2019年初めてよりPodcast市場の拡大に向けて世界規模で本格的に取り組みを始めている。
日本でも、この1年でエンターテイメント、ビジネス、社会、ファッションと、さまざまな分野でコンテンツが増えている。今回は、そのPodcastの海外での盛り上がりについて、ニューヨークを拠点に活動するライター佐久間裕美子が綴る。自身もPodcast番組『こんにちは未来 ~テックはいいから』でホストを務める佐久間の、Podcastとのストーリーとは。
「自分も番組をやりたい」佐久間にそう思わせたPodcastの引力
Podcastを聴き始めたのは2014年のことだ。元恋人を殺害したとしてアドナン・サイードに有罪判決が下された「サイード事件」を掘り起こし、捜査や裁判を再検討するドキュメンタリー『シリアル』(8000万回のダウンロードを記録し、「放送界のピューリッツァー賞」ともいわれる『Peabody Award』を受賞した)が話題になって一気に聴いた。終わってしまったときに「他にもないか」と回遊してみたら、そこには小さな、混沌としたPodcastユニバースが出来上がっていた。そこから少しずつ、Podcastはアメリカのメインストリームに広がっていった。
『SERIAL KILLERS』を聴く(Spotifyを開く)
「読む」「見る」という100%の注意を向けなければならないメディア消費の形と違って、何かをしながら聴くことのできるPodcastは、自分の情報摂取の形を進化させた。移動の最中、家事をしながら、エクササイズをしながら、と隙間の時間にたくさんの番組を聴き漁った。ニュースのダイジェスト、時事問題を深堀りする社会系、イノベーションの最前線のネタを拾うテック系のトーク番組などはレギュラーで聴き、そのときそのときで、話題の長編物政治ルポや未解決殺人事件のドキュメンタリーに夢中になった。既存のメディアが取材で得た素材を調理しなおして特別編集した、クオリティーの高い作品も、女性パーソナリティーたちがかしましく時事問題を評論しているカジュアルなおしゃべり番組も、同じテンションで聴けるのも魅力だった。
Podcastをやりたいな、と思ったのは、2018年の『サウス・バイ・サウス・ウエスト(SXSW)』の会場で、『さよなら未来――エディターズ・クロニクル 2010-2017』(岩波書店)を上梓した若林恵と話をしているときだった。イノベーションはフェイクニュースの台頭を許し、ドナルド・トランプ政権の登場を許してしまった、という自省のムードが漂うカンファレンスのあとで、「結局のところ、イノベーションが、貧困、難民、格差といった問題を解決できなかったのは、それ以前に解決しなければいけない人々の感情やエンパシーといった、よりウェットな価値基準の問題があるからではないか」という話をしていたときに、「こういう話を、Podcastでしないか」と持ちかけたのだった。イメージしたのは、高校生のときに聴いていたAMラジオのようなフォーマットで、社会の話も、政治の話も、文化の話も同じトーンでするトーク番組の進化版だった。こういうことを自力でやろうとすると大変だけれど、Podcastのプラットフォームに乗せれば、「メディアを作る」ということにかかるコストが比較的低いという魅力もあった。「『さよなら』のあと、もう一回、未来と向き合ってみよう!」ということで「こんにちは未来」と名づけたわがポッドキャストは、今も元気に続いている。時代の価値観ががらりと変わろうとする今、Podcastという回線を通じて、目に見える世界をリスナーのみなさんと共有できることが大いなる喜びとなっている。
『こんにちは未来 ~テックはいいから』を聴く。音声コンテンツの賞イベント『JAPAN PODCAST AWARDS 2019』でも、最終ノミネートコンテンツに選出された。(Spotifyを開く)
ストーリーを伝えるメディアPodcast。それ自体が育み始めたストーリー
この5年、6年の間に、Podcastユニバースはずいぶん大きくなった。誰かのアパートから生まれたクルーが、大きなポートフォリオを持つ制作会社に成長したり、インディーのカジュアルなおしゃべり番組だけれど鋭い視点を持つ『Red Scare』からスターが生まれたり、『シリアル』に刺激を受けた映像作家志望が、未解決事件を自分で捜査しながらその様子をリポートして、プロのポッドキャスターに成長したりもした。ストーリーを伝えるはずのPodcast自体が、さらなるストーリーを生み出すようになった。
『Red Scare』を聴く(Spotifyを開く)
登場する番組の幅が広がっていくにつれ、サウンドデザインのクオリティーも上がっていった。ニュースを伝える、という行為の中にも、Podcastならではのサウンドデザインの工夫が凝らされるようになっている。Podcastは、音というシンプルなメディアで伝えられることの可能性をどんどん広げているように見える。
新型コロナウイルスが世界を覆ってから、自分のPodcastのサブスクリプションを考え直した。朝一番に、NPR(National Public Radio)のニュース番組、The New York Timesの『The Daily』を始め、最前線の様子やイノベーションの導入を追いかける番組、哲学者や起業家、作家たちの声を探してトーク番組の比重を増やした。そして時々疲れると、エンターテイメントのコンテンツにオアシスを求める。
The New York TimesのPodcast『The Daily』を聴く(Spotifyを開く)
ひとつ気がついたのは、コロナウイルスはとても大きなトピックとしてそこに存在しているが、リスナーの立場からすると、何かが変わった気はあまりしない。録音場所がスタジオから各自の家に移行しても、録音環境によって差があるだけで、耳に入ってくる世界は基本変わらないのだった。変わらない存在としてのPodcastが、自分の生活の土台として根を張っていることに気がつくのだった。
『こんにちは未来:Quarantine Jukebox "40 songs for your emotional rollercoaster rides" 』プレイリストを聴く(Spotifyを開く)
- リリース情報
-
- 『こんにちは未来 ~テックはいいから』
-
NY在住のジャーナリスト佐久間裕美子と『WIRED』日本版の前編集長でコンテンツ・メーカー「黒鳥社」の若林恵の盟友2人が、音楽、アート、政治、ビジネス、ライフスタイル、メディアまでカテゴリーにとらわれず縦横無尽に語りつくすトークセッション。月2回配信予定。
- 『TBSラジオ「放課後アトロクPodcast」』
-
ライムスター宇多丸の聴くカルチャー・プログラム、最高峰「アフター6ジャンクション」。 当コンテンツでは、ゲストとの延長戦トークや裏話、放送では遠慮してしまう映画のネタバレ前提トークや、放課後podcastのための特別企画など、Spotifyでしか聴けない音声が満載。週1回、木曜21時の定期配信。4月からのレギュラー放送のアーカイブも同時配信中。
- 『西寺郷太の「GOTOWN Podcast」』
-
NONA REEVESの西寺郷太がパーソナリティを務めるSpotifyオリジナル・ポッドキャスト。西寺自身が「インプット・アウトプット」をテーマに掲げ、音楽はもちろん、政治、歴史、映画、書籍など自由自在なトークを展開。テーマにちなんだゲストを招き、深く知る話を展開(アウトプット)しつつも、ゲストを迎えて新たな視点を吸収(インプット)。リスナーの興味・知識をくすぐる番組を目指している。
- 『三原勇希×田中宗一郎 POP LIFE: the Podcast』
-
三原勇希&田中宗一郎をホストに、毎回ゲストを迎え、音楽、映画、様々なポップ・カルチャーを巡る「超・雑談」によって時代や社会の変化、そこに宿る興奮をキャッチ!
- 『サッカーを語ろう MUNDIAL JPN Podcast』
-
毎回、サッカーにまつわる多彩なゲストを迎え、今までにないアングルで切り取ったサッカーを伝えます。サッカーの進化と深化を語り攻める! サッカー・ライフスタイル雑誌「MUNDIAL JPN(ムンディアル・ジャパン)」によるポッドキャスト。
- 『ヒプノシスRadio-Spotify Edition-』
-
「ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-」の登場キャラクターがラジオDJを担当、あなたのお悩みにお応えするラジオ番組「ヒプノシスRADIO supported by Spotify」(TOKYO FM 2020年3月で放送終了 / 番組ナビゲーター:矢島大地)放送では聴けなかった未公開パートを含む、Spotify Edition。
- プロフィール
-
- 佐久間裕美子 (さくま ゆみこ)
-
1996年に渡米し、1998年からニューヨーク在住。出版社、通信社などを経て2003年に独立。政治家(アル・ゴア副大統領、ショーペン元スウェーデン首相)、ミュージシャン(坂本龍一、ビースティ・ボーイズ、マーク・ロンソン)、作家(カズオ・イシグロ、ポール・オースター、ゲリー・スナイダー)、デザイナー(川久保玲、トム・フォード、トム・ブラウン)、アーティスト(草間彌生、ジェフ・クーンズ、杉本博司、ライアン・マクギンリー、エリザベス・ペイトン)など、幅広いジャンルにわたり多数の著名人・クリエーターにインタビューしてきました。著書に「真面目にマリファナの話をしよう」(文藝春秋)、「My Little New York Times」(numabooks)、「ピンヒールははかない」(幻冬舎)、「ヒップな生活革命」(朝日出版社)、翻訳書に「テロリストの息子」(朝日出版社)。慶應大学卒業。イェール大学修士号を取得。