荏開津広×渡辺志保が振り返る、2019年ラップ界の注目トピック

荏開津広×渡辺志保が振り返る、2019年ラップ界の注目トピック

インタビュー・テキスト・編集
久野剛士(CINRA.NET編集部)
撮影:豊島望

インディーでの成功が大きい、日本のラップアーティスト

―最後に、海外の流れを踏まえた上で、日本のラップミュージックについてもお聞きしたいです。特に、海外でこれだけ盛り上がっているのに、日本ではまだまだリスナーが少ない現状があると思って。

渡辺:個人的には、非常に根が深い、難しい問題だと思います。でも、たとえばBAD HOPが自分たちの力で1万人を武道館に集めたり、Tohjiが平日に若者を何百人も集めてモッシュしたりっていうのを実際に目の当たりすると、これからの世代、もしくは次の次の世代は違うのかもしれない。そんな期待をしてしまうんですよ。

Tohji『angel』を聴く(Spotifyを開く

荏開津:そうですね。もうインディーズのレベルでは、人気がある人もいて、各地に面白い人もいて。みんなライブハウスとかクラブの規模は入ったりするんだけど、その上のクラスになかなかいくのが難しい。

渡辺:そうなんですよね。LIQUIDROOM、ZEPPは埋められるけど、武道館は難しいとかね。ただ、日本のヒップホップシーンも、多分ここ30年ちょっとで浮き沈みを繰り返しながら大きくなっていってるフィールドだと思うんですよね。荏開津さんの隣でこんなこというのはすごく僭越ですけど、これほど上り調子な状況が続いてるのってじつは今までにかつてないんじゃないかと思うんです。

荏開津:本当に、ないと思いますね。さすがにヒップホップ業界の人たちの世代が代わって、ヒップホップを聴いて育った人たちが多くなったことはすごく大きいと思うんです。

渡辺:あと、アメリカでラップが人気の音楽ジャンルになった背景には、荏開津さんが以前、仰っていたように、オバマ大統領からトランプ大統領になったあとの、世界が閉塞感に包まれたことも関係しているはずで(参考記事:荏開津広×渡辺志保 ラップが席巻した10年代を振り返る)。ぎゅっと圧縮されて、色んなうみが出ているようなときに、ラップのパワーみたいなものが力を発揮したという事実も一因としてあるわけですよね。

荏開津:それが、今爆発しているわけですよね。少なくとも、音楽の上では世界はかなり様変わりしているわけです。

渡辺:社会的背景を考えると、日本もアメリカと全く乖離しているわけではないと思うんですよ。だから、ラップが持つパワーがポジティブに受け止められて、もうちょっと広く受け入れられたらな、とは常に思いますね。

荏開津:そうですね。これからのティーンの子たちは、これまでと全然違うことやってくれるんだろうなって思いますよ。アメリカでは、リゾとかリル・ナズ・Xとかを彼らは見て育つわけですから。日本だと、逆に舐達麻みたいな人たちが支持されたりしたら面白いですよね。舐達麻のアルバムは昨年のベストの1枚であること異論はないと思うのですが、リリックで察することができる過去の彼らの生活に目がいきがちだけど、言葉と音楽というアートを使って彼ら自身を再生したというリリシズムが素晴らしいと思います。

舐達麻『GODBRETH BUDDHACESS』を聴く(Spotifyを開く

渡辺:舐達麻がアルバム『GODBRETH BUDDHACESS』をリリースしたあと、私が目視したところだと、ストリーミングの総合チャートで2位まで上昇していたんですよ。それだけ、彼らの音楽が今のリスナーたちの琴線を震わせているという証拠だと思うし。絶対的な人気を証明したBAD HOPも、ああいうルックスやバックグラウンドがありつつ、基本的には仲間と成り上がったぜということを発信しているわけで。ヤンキー的なアティテュードが好まれる状況って、もともと日本のコンテンツ界にはよく見られることだと思うんですが、彼らの成功を見ていると、そういった側面もあるのかな、と思うこともあります。

片やPUNPEEみたいに、日本で一番売れてるポップスターと一緒に組んでもなんら遜色のない突出した才能もいるのも希望があると思います。

荏開津:それはありますね。そうしたものを、私たち側のメディアや音楽業界が、ちゃんとフォローしないといけない。特に、フォローする企業が必要なのかもしれません。

前の日本のラップブームのときは、まだまだリスナーの数も少なくて、アーティスト、スタッフも含めて、シーン自体の基礎体力がなかった。そして、今もまだ私たちも含めたジャーナリストやメディア、マネージメント側にラップを盛り上げる力が足りていない印象があります。

渡辺:いくら資本があるメジャーレーベルでも、優れたラッパーを育てられる環境がまだ足りないのかなと感じることはありますね。それはもちろん、メディアの成熟度も含めて。ここ数年で武道館ライブを成功させた日本のラップアーティストって、BAD HOPや般若、AK-69(現在はメジャー所属だが、初の武道館ライブを開催した2014年はインディーズの時期)まで、みなさんインディーズの体制なんですよね。2019年に、クラブチッタ川崎で大きなワンマンを成功させたNORIKIYOもずっとインディーズですね。今の日本だと、インディーズのラッパーのほうが強い傾向があるのかなと思っていてそれは誇るべきところでもあると思っています。

今後はさらに、日本でもメジャーをうまいこと利用するようなラッパーが出てきて、彼や彼女がポスト・マローンやドレイクのような存在になったら、また別の面白さが生まれるんだろうなと思います。

般若『THE BEST ALBUM』を聴く(Spotifyを開く

NORIKIYO『平成エクスプレス』を聴く(Spotifyを開く

―海外でも活躍するKOHHなども、自分たちで活動していますもんね。

渡辺:そうなんですよ。今やストリーミングサービスに登録さえしていれば、自分たちの力だけで世界中に作品を配信できますからね。私も、メジャーのレコード会社の方と話すと、「アーティストがリラックスして楽曲制作のことだけ考えればいい環境を作るために、私たちスタッフは権利関係の処理や宣伝などを担当してアーティストを守る役目をしてあげたい」といわれるんです。もちろん、それが正しいこともあるのかもしれませんが、私はそれとは正反対という意見なんです。

荏開津:私も志保さんと同じですね。それはアーティストも含めた全員でガシガシやったほうがいいんですよ。 アメリカのヒップホップでは1990年代に白人のエリートがヒップホップの世界に入ってくることが大きいんです。大体、その前のDEF JAMの創始者であるリック・ルービンがニューヨーク大学の学生でユダヤ系でゲイだということを考えると、異なった要素を持つ人々がシーンに入ってきて驚異的に飛躍したことは事実です。

渡辺:そう、これからは、アーティスト自身が権利問題にしろ「どうやったら売れるのか」という戦略部分にしろ、すべてのノウハウを身に着けることが大切だと思います。もちろん、全部自分でやるというわけではなく、理解した上で、自分でマネージャーやA&Rを雇っていけばいいのではと思います。AKLOも、原盤権を自分で管理したいという理由で、メジャーレーベルから抜けて、最近、自身でレーベルを立ち上げたと話していました。そういう姿勢って素晴らしいと思います。

AKLO『REGULAR』を聴く(Spotifyを開く

荏開津:スタッフもがんがん楽曲制作に踏み込んでいって、一緒にクオリティーをあげていくほうがいいと思いますよ。

たしかにアメリカのラッパーで「15分でリリック書いてヒットしました」みたいな例もありますけど、それは異例だから真に受けないほうがいいと私は思っています。

渡辺:2019年、BAD HOPのレコーディングに立ち会ったんですが、彼らは一言一句、ちょっとした言葉尻までこだわって、なんどもリリックやフロウをブラッシュアップするんですよ。スタッフ、アーティストも含めて何度もミーティングを重ねて、磨き上げる。以前、翻訳させてもらったケンドリック・ラマーのインタビューでも、彼自身「良質なビートを無駄にしないために何日、何カ月もかけて音楽制作にあたる」といっていて、すごく印象的でした。そういう姿勢も2020年以降はより大切になってくるのかもしれません。

BAD HOP『Born This Way』を聴く(Spotifyを開く

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プロフィール

荏開津広(えがいつ ひろし)

執筆 / DJ / 京都精華大学、東京藝術大学非常勤講師、RealTokyoボードメンバー。東京生まれ。東京の黎明期のクラブ、P.PICASSO、MIX、YELLOWなどでDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域で国内外にて活動。2010年以後はキュレーション・ワークも手がけ、2013年『SIDECORE 身体/媒体/グラフィティ』より、ポンピドゥー・センター発の実験映像祭オールピスト京都ディレクター、日本初のラップの展覧会『RAP MUSEUM』(市原湖畔美術館、2017年)にて企画協力、神奈川県立劇場で行われたPort Bの『ワーグーナー・プロジェクト』(演出:高山明、音楽監督荏開津広 2017年10月初演)は2019年にヨーロッパ公演を予定。翻訳書『サウンド・アート』(フィルムアート社、2010年)、『ヤーディ』(TWJ、2010年)。オンラインで日本のヒップホップの歴史『東京ブロンクスHIPHOP』連載中。

渡辺志保(わたなべ しほ)

音楽ライター。広島市出身。主にヒップホップ関連の文筆や歌詞対訳に携わる。これまでにケンドリック・ラマー、A$AP・ロッキー、ニッキー・ミナージュ、ジェイデン・スミスらへのインタヴュー経験も。共著に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門」(NHK出版)などがある。block.fm「INSIDE OUT」などをはじめ、ラジオMCとしても活動中。

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