荏開津広×渡辺志保 ラップが席巻した10年代を振り返る

荏開津広×渡辺志保 ラップが席巻した10年代を振り返る

インタビュー・テキスト・編集
久野剛士(CINRA.NET編集部)
撮影:豊島望

ラップでできることがすっごい広がって自由になったと思います。(荏開津)

―そうしたサウンドの変化に伴い、ラップの歌詞も変化したのでしょうか?

渡辺:歌詞の内容も、ドレイク出現以降、どんどん暗い方向になっていますね。純然たるマッチョイズムとか、マスキュリニティ(男性性)はなくて、「こんなに弱い俺でもいいか」とか「君のことが忘れられない」「この寂しさをどうやってみんなと分かちあえばいいかわからない」とか、そういう内省的なリリックが共感されて、発信する側も受け止める側も20年前とは大きく変わってきています。そして、そういうラッパーのライブにおいて、お客さんの自己表現としてモッシュが選ばれてるのかなと思っていて。

荏開津:モッシュってそもそも観客側の自己表現ですよね。1980年代のパンクが1990年代になって大きくなって、オルタナティブロックになって……。簡単にいえば「ステップ踏めない人たちの踊り」だから、みんなもっとやればいいんだよね。

ドレイク『Thank Me Later』(2010年)を聴く(Spotifyを開く

―内省的なリリックのラップは「エモラップ」ともいわれていますね。なぜ、そうした歌詞が流行しはじめたんでしょう?

渡辺:内省的なラップもいきなり流行ったわけではなくて、下地を作ってきた先輩たちがいるからなんですよね。

荏開津:当たり前ですけど、カニエ・ウェスト(KANYE WEST)の存在は大きいですよね。

渡辺:そうですね。あと、正直、日本では熱烈なファンの方ってそんなにいないと思うんですけど、アメリカのエモラップのアーティストやリスナーにとってキッド・カディ(KID CUDI)が教祖的な存在になっていて。今年、マイアミの『Rolling Loud』っていう全米最大級のヒップホップのフェスに3日間、ぶっ通しで行ってきたんですけど、その3日目のヘッドライナーがキッド・カディだったんです。それくらい、アメリカでは影響力が強いアーティストなんですね。「キッド・カディがいてくれたから、俺たちの好きな音楽があります……」みたいな、すごくリスペクトを集めているバイブスを感じました。ただ、そのキッド・カディをフックアップしたのが、荏開津さんも仰っているカニエ・ウェストなんですけど。

キッド・カディの楽曲を収録した『This Is Kid Cudi』プレイリスト(Spotifyを開く

荏開津:そうですよね。

渡辺:私は正直、キッド・カディが2000年代にデビューしたとき、そしてカニエが「エモラップの教典」ともいわれる『808s & Heartbreak』(2008年)っていうアルバムを出したとき、こんなに鬱々とした内容は聴きたくないし、失恋の悲しさとか、自分の大事な人を亡くしたとか、そういうブルージーなヒップホップは聴きたくないと思ったんです。

いまの時代にはそぐわない意見ですけど、「ジェイ・Z(JAY-Z)のように、もっと男らしくてどっしりしたラップが聴きたい」と、当時は受け止めていたんです。でも、あの時期に蒔かれた種がいま、すごい勢いで実っていると思いますね。

カニエ・ウェスト『808s & Heartbreak』を聴く(Spotifyを開く

荏開津:上からかぶせるわけじゃないけど、カニエってそもそも、最初のアルバム『The College Dropout』(2004年)からぬいぐるみ出したりとか、「おーい! そんなのヒップホップらしくないよ」みたいなことをやる人ですもんね。昔から大学に行くラッパー自体はいるけど、みんながそれを前面に出すわけではない。だけど、カニエはそういった暗黙のルールを破っていく。

でも、もともとブルースって「女に振られた」とか、泣き言ばかりじゃないですか。それをラップでは「なし」にしていた。カニエはヒップホップ的ではない、でもブラックミュージックの伝統芸ともいえる「泣き言」をドーンと前面に押し出して、そこにいかにもヒップホップ的なドラムマシーンの名前である「808」を付け足すっていうタイトルが面白い。

最新作も、テクノロジーを使ってトラックを作るけど、ブラックミュージックのルーツのひとつであるゴスペルというか、キリスト教についての音楽をやるんだよ、と。だから、カニエは片足はヒップホップだけど、片足は非ヒップホップ的であることに、ものすごく意識的な人なんだと思います。

渡辺:たしかに、本人には「ヒップホップ/非ヒップホップ」の間での葛藤があるのかもしれない。でも、そうした彼の影響もあって、既存のマッチョなヒップホップイメージからどんどん解脱してったのが2010年代だったのかもしれません。

ケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)も、『good kid, m.A.A.d city』(2012年)というアルバムを出していて。これまでのコンプトン出身のラッパーだったら、「マッドシティ」のことについてラップするはずなんですけど、あえてケンドリックはそれを逆手に取って、マッドシティの中のグッドキッドの視点でラップをしました。

有名な曲で、“The Art of Peer Pressure”って曲は「同調圧力」って意味で。周りはみんな強盗をしたり空き巣に入ったりしてギャングみたいなことをしてるんだけど、俺はどうしても気分が乗らなくて、気分がよくない、みたいなことをラップしていたりとか。

あと“Swimming Pools (Drank)”っていう曲も、お酒が飲めない自分について歌ってるんですよね。それまでのラッパーだったら、例えばジェイ・Zとかなら、俺はこんなにシャンパン開けて、コニャック飲んで……みたいな感じでしたけど、ケンドリックはその逆で、俺はちょっとお酒を飲んだだけでふらふらになっちゃって、もうお酒のプールの中で泳いでいるようだ……、みたいなことをラップしてるので。マッチョでない姿勢のラッパーがヒーローになる、アイコンになるっていうのも、本当に2010年代ならではなのかなって思いますね。

ケンドリック・ラマー『good kid, m.A.A.d city』を聴く(Spotifyを開く

荏開津:だから、ラップでできることがすごく広がって自由になったと思います。志保さんの仰ったジェイ・Zのシャンパンの話もそうですけど、基本的にはラップにはファンタジーが入っているんですよ。だけどファンタジーだけじゃなくて、「心の弱さ」も含めて自分の実像をさらけ出すことができるようになったんでしょうね。実像ってリアルってことですから。

左から:渡辺志保、荏開津広

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プロフィール

荏開津広(えがいつ ひろし)

執筆 / DJ / 京都精華大学、東京藝術大学非常勤講師、RealTokyoボードメンバー。東京生まれ。東京の黎明期のクラブ、P.PICASSO、MIX、YELLOWなどでDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域で国内外にて活動。2010年以後はキュレーション・ワークも手がけ、2013年『SIDECORE 身体/媒体/グラフィティ』より、ポンピドゥー・センター発の実験映像祭オールピスト京都ディレクター、日本初のラップの展覧会『RAP MUSEUM』(市原湖畔美術館、2017年)にて企画協力、神奈川県立劇場で行われたPort Bの『ワーグーナー・プロジェクト』(演出:高山明、音楽監督荏開津広 2017年10月初演)は2019年にヨーロッパ公演を予定。翻訳書『サウンド・アート』(フィルムアート社、2010年)、『ヤーディ』(TWJ、2010年)。オンラインで日本のヒップホップの歴史『東京ブロンクスHIPHOP』連載中。

渡辺志保(わたなべ しほ)

音楽ライター。広島市出身。主にヒップホップ関連の文筆や歌詞対訳に携わる。これまでにケンドリック・ラマー、A$AP・ロッキー、ニッキー・ミナージュ、ジェイデン・スミスらへのインタヴュー経験も。共著に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門」(NHK出版)などがある。block.fm「INSIDE OUT」などをはじめ、ラジオMCとしても活動中。

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