冨田ラボWorksを4つのモードで聴くためのライナーノーツ

多様で、かつ記名性が高い。異脳のアレンジャーのプレイリストが誕生

Spotifyで新たなプレイリストのシリーズ「Works」がスタートした。この「Works」は作詞、作曲、プロデュースなどで音楽をある種裏側から支えてきた人物をフィーチャーしたプレイリストシリーズ。取り上げられているのは1970年代から日本の歌謡曲を代表する作詞家の阿久悠。美空ひばりからおニャン子クラブ、そして現在は48グループや坂道グループの作詞を手掛ける秋元康。元SUPERCARのギタリストでチャットモンチーのプロデュースも手掛けたいしわたり淳治、モーニング娘。を筆頭にハロー!プロジェクトのアイドルを手掛けてきたつんく♂といった、どちらかといえば裏側の人物から、中田ヤスタカや川谷絵音など自身の音楽活動と並行して多くのアーティストへ楽曲提供を手掛ける人物まで幅広い。

今回取り上げる「冨田ラボ」こと冨田恵一は、そのように並んだ顔ぶれの中でもちょっと異質な存在だ。冨田ラボは、音楽プロデューサーとしてのみならず、楽曲のアレンジ(編曲)、つまりすでに作詞作曲されている楽曲に対して、どのようなサウンドで楽曲を組立て、どのように展開していくかという部分を担っている。アレンジャーや編曲家とも呼ばれるこの職業の中でも、冨田ラボほどサウンドが多岐にわたり、かつ「ポップマエストロ」とも呼ばれるほど記名性のある人物は珍しい。さらに彼の特徴はほとんどの楽器を自身でプレイして、あるいはプログラミングして、自分のスタジオ内でサウンドを構築してしまう点だ。本稿では、プレイリストに収録された彼の楽曲を4つのタイプにわけて示していく。

「冨田ラボ(冨田恵一)Works」プレイリスト

冨田ラボのサウンド1「ストリング×R&Bのバラード」

プレイリストは冨田ラボの名前を一気に有名にしたMISIA“Everything”(2000年)から始まる。揺らめくエレクトリックピアノとストリングス、そして大きなスケール感が印象的なこの楽曲は、2000年代のディーヴァ系のサウンド、そしてその後のJ-POPにおけるバラードのアレンジの下敷きになったといっても過言ではないほど影響力を持つ楽曲となった。プレイリストの中にも、中島美嘉“WILL”(2002年)、つじあやの“星降る夜のクリスマス”(2005年)、平井堅“Ring”(2002年)、NIKIIE“華”(2013年)、AI“ONE”(2007年)など多く含まれる、クラウス・オガーマン(フランク・シナトラやビリー・ホリデイの楽曲で知られる編曲家)やSteely Dan(ドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーを中心にしたアメリカのバンド)を敬愛する冨田ラボらしい、王道でスケールの大きなストリングスアレンジとR&B的なはねたバックビートとタイトなベースラインを融合したバラードアレンジは、もはや冨田ラボの代名詞ともいえるサウンドだ。

クラウス・オガーマンが編曲を担当した、ビリー・ホリディ『Lady In Satin』(1958年)

Steely Dan『Aja』(1977年)

冨田ラボのサウンド2「アップデートされたシティポップ」

2000年代初頭に冨田ラボの名前を広めた存在として、MISIA“Everything”だけではなく、彼がプロデュースを手掛けていたKIRINJIも忘れてはならない。堀込泰行・畠山美由紀・ハナレグミ“真冬物語”(2004年)やキリンジ“ムラサキ☆サンセット”(2001年)では、ジャズロックやフュージョン、AORも愛する冨田のエッセンスがポップスに昇華され、1960~1970年代的な意匠を引用しながら、シティポップを現代風にシミュレートしたようなアレンジを聴かせる。これも冨田ラボの得意とするアレンジの一つだ。

その中でもスガシカオ“遠い夜明け”(2019年)では、王道のブラスやストリングスのアレンジを保ちつつもドラムの中に少し歪んだようなテクスチャーを取り入れたり、鈴木雅之“スクランブル交差点”(2019年)では16分音符で刻まれる打ち込みのハイハットが加わってトラップ的な要素が加わっていたりと、常にサウンドがアップデートされている点も見逃せない。秦基博“Girl -Tomita Lab. Remix”では、王道のJ-POPバンドサウンドだった原曲が、タイトなドラムとカッティングギター、アクティブに動くベースラインによってシティポップの様に見事に形を変えている。

冨田ラボの『Shiplaunching』(2006年)

冨田ラボのサウンド3「現行メインストリームサウンド」

kiki vivi lily“Copenhagen”(2019年)、Naz“Clear Skies”(2019年)、杏沙子“チョコレートボックス”(2019年)という新鋭の女性シンガー3名の楽曲では、深い低音の聴いたキックドラムを軸に打ち込みをメインに引き算のアンサンブルで作れらた、いわゆる最新の「サブスクっぽい」トラックへたどり着いていることも、冨田ラボの研究とアップデートが常に行われている証左のようだ。VIXX“Last Note~消えた後の蝋燭の香り”では見事な現行メインストリームサウンドも手掛ける。

冨田ラボの『Joyous』(2013年)

冨田ラボのサウンド4「大胆なサンプリングを組み合わせるミックスサウンド」

プレイリストの中でも異彩を放つ椎名林檎“青春の瞬き”(2014年)、藤原さくら“茜さす帰路照らされど・・”(2018年)の2曲(奇しくもいずれも椎名林檎の楽曲だ)は、大胆にサンプリングサウンドを取り入れ、ラフなカットアップと異素材のミックス感覚を用いた楽曲。

“青春の瞬き”では、切り貼りされたような質感の打ち込みのシンセとドラムマシンで構成されたアンサンブルがサビではバンドサウンドと融合していき、“茜さす帰路照らされど・・”ではサンプリングされたような単調なループで構成されていたドラムトラックが後半に向けて徐々に人間らしい肉体的なフレーズにすり替わり、アウトロでは現代ジャズのソロパートの様なフレーズへと移り変わってっていくなど、楽曲を通してアンサンブルの質感がシームレスに、しかし大胆に変化しながらも、アンサンブルの中心にあるボーカルを見事に引き立たせている。このアプローチは、実は近年の冨田ラボのソロ作品、『SUPERFINE』(2016年)や『M-P-C “Mentality, Physicality, Computer”』(2018年)のアプローチに最も近しい。

冨田ラボの『SUPERFINE』(2016年)

冨田ラボ『M-P-C “Mentality, Physicality, Computer”』(2018年)

過去作と最新のモードとの違いもわかる、楽曲制作者プレイリストの楽しみ方

Spotify「Works」プレイリストの興味深いところは、これらの楽曲を年代別に並べるでも、特徴別に並べるでもなく、あくまでランダムに聴かせてくれるところ。記事執筆のために1周4時間超のこのプレイリストを何周も聴いたが、その度にアレンジやアプローチの共通点や特異点が浮き彫りになってきた感覚があった。

J-POPを語る上で欠かせないけれど、なかなか作品をまとめて聴く機会がない音楽プロデューサーや編曲家といった存在。きっとCDやレコードの時代にわざわざこれらの楽曲を並べて聴いていたのはかなりの音楽好きか音楽ライターぐらいだと思うのだけれど、ストリーミングサービスのプレイリストの中で誰でも気軽にまとめて聴けるようになったことは、若いミュージシャンに、ひいては未来の音楽界に良い影響を与えてくれるに違いない。

冨田ラボの『Shipbuilding』(2003年)

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