2020年2月26日、Nujabesの10周忌にあたるその日に、渋谷のスクランブル交差点にあるモニター全面を使って、Nujabesの音楽と映像が流された。2000年代に数多くの名曲を残し、現在ではLo-Fi Hip Hopの始祖とされ、世界中で楽曲が聴かれ続け、下の世代にも影響を与え続けているNujabes。彼の音楽の発祥の地で、その功績をたたえ、祈りをささげるような、特別な時間だった。
そして、このたびharuka nakamuraがNujabesのトリビュートアルバム『Nujabes PRAY Reflections』を完成させた。nakamuraは生前のNujabesと交流を持ち、2013年には途中まで一緒に制作していたアルバム『MELODICA』を完成させ、発表している。今回はNujabesの実弟から「時間を進めるための作品」という依頼を受け、この10年で培ったさまざまな手法を詰め込み、冒険的な作品をつくりあげた。
そこで今回の取材では、nakamuraにトリビュートアルバムの制作を振り返ってもらうとともに、ともに時間を過ごした彼だからこそ知る、Nujabesの実像についても話を聞いた。なぜいまもNujabesの音楽が世界中で聴かれ続けているのか。その理由の一端が垣間見えるはずだ。
2020年2月26日、渋谷のスクランブル交差点にNujabesの音楽が流れた日
―トリビュートアルバムを制作することになった経緯を教えてください。
haruka:2020年は瀬葉さん(Nujabesの本名)が亡くなってから10年目の年で、命日の2月26日に渋谷のスクランブル交差点のモニター全部を使って、Nujabesの音楽と映像を流す企画があったんです。瀬葉さんはもともと渋谷でレコード屋をやっていて、Nujabesの音楽も渋谷のタワーレコードやHMVから火が点いたように思いますし、Nujabesは渋谷発の音楽だったのだと思います。
ただ、彼は自分の曲でミュージックビデオをつくってなかったので、ぼくがNujabesさんと一緒につくった“Lamp”という曲のミュージックビデオを使わせてほしいという連絡があり、「ぜひどうぞ」とお返事をしたことがまずあって。
haruka:ぼくも当日観に行ったんですけど、それまでそこら中から音が鳴ってたのに、なぜか一瞬無音になったんです。たまたま居合わせた人たちは「え? 何?」みたいな感じになって。その直後にNujabesの音楽と映像が流れるんですけど、それまで爆音でいろんな音が鳴ってたから、その狂騒の世界との対比で、曲が流れてもすごく美しい静寂に感じられて。それはまるでこの世でもあの世でもないような時間だったんです。
―「Pray for Nujabes」というタイトルどおり、祈りの時間でもあったというか。
haruka:そうですね。そのときに、すべてのことがこうやって帰結するんだなって思いました。“Lamp”のミュージックビデオの映像にはぼくがNujabesさんと曲をつくっていたころに、何気なくiPhoneで撮っていた動画が結構入っているんですけど、まさかそれが10年以上経って、渋谷のスクランブル交差点で流れるとは夢にも思わなかった。いろんなピースが折り重なってこうなったんだなって、ひとつの物語として受け止めています。
―そのタイミングで、トリビュートの依頼があったわけですか?
haruka:Hydeout Productions(Nujabes主宰のレーベル)はいまNujabesさんの弟のmaoくんが引き継いでいて、命日の2月26日に毎年トリビュートライブをやっていたんです。
ぼくやUyama Hirotoさん(Nujabesの作品やライブに数多く関わってきたプロデューサー / マルチプレイヤー)はNujabesさんが亡くなった当時、Nujabesさんが出る予定だったライブとかイベントにいろいろ出て、shing02さんやクラムボンさんたちと一緒に『METAMORPHOSE』(2012年まで開催されていたフェス)にも出演して、クラムボンさんが“Reflection Eternal”をやってくれたりもして。
でもそういうことを2、3年やるなかで、そろそろ次に進んで、それぞれのやり方でNujabesさんの想いをつないでいく段階に来たなと感じていて。それでぼくはNujabesさんとつくっていた『MELODICA』という作品をリリースすることができて、そこからPIANO ENSEMBLEとしての活動も始まり、自分なりに光の方向に向かっていった。
haruka nakamura『MELODICA』(2013年)を聴く(Spotifyを開く)
haruka:だから、トリビュートライブは自分のなかで卒業した感覚だったんですよね。Nujabesさんの音楽は静かな通奏低音としてずっと自分のなかにあって、最近はお守りのような存在というか(笑)、護ってくれる存在になっていたんです。
過去を振り返るのではなく、次に進むためのトリビュートアルバム
―自分のなかでNujabesさんへのトリビュートはひとつの区切りがついていた。ただ、2020年という節目の年を経て、その心境にも変化があったわけですか?
haruka:maoくんは2020年もトリビュートライブをしようとしてたんですけど、コロナの影響でできないから、代わりに何か次に向かうための作品をつくってほしいといわれたんです。ぼくらは前に進んでいたけど、maoくんやご家族のみなさんからすると、止まったままの10年があって、その時間を先に進めるような、新しい作品が出せないかって。
―過去を振り返るのではなく、前に進むための作品をつくってほしいと。
haruka:そういうことですね。ただ……「新しい作品」というのはすごく難しいと思いました。もちろん、もうNujabesさんと一緒につくることはできないし、自分としては彼の音楽を自分なりに昇華した音楽をやってきたつもりだったし。
難しいと思いながらも、10年前のことを振り返ってみると、もともと自分はギターを弾いてたから、当時はまだそんなにピアノを弾いてなかったんですよね。でも、この10年はピアノを主軸にやってきて、この10年で出会った仲間もいるから、いまだったら彼の音楽ともう一度向き合って、自分なりにできることがあるんじゃないかと思って。
―「いまだったらできること」とは?
haruka:Nujabesさんはレコード屋でもあったから、埋もれている音楽にビートを乗せて光を当てることによって、その曲と一緒に元の曲も世界中に広めるっていう「循環」をつくったわけです。でもサンプリングミュージックなので、宝探し的な部分があって、自分で新曲をどんどんつくれる、というわけじゃなかったんですよね。
Nujabes『Metaphorical Music』(2003年)を聴く(Spotifyを開く)Nujabes『Modal Soul』(2006年)を聴く(Spotifyを開く)
haruka:そこが本人としてはジレンマだったのかもしれなくて、だからぼくが呼ばれた。Uyamaさんやぼくとセッションをすることによって、サンプリングされたメロディーの続きを奏でることができるんじゃないかって。そうやってNujabesさんはどんどん生楽器に重きを置くようになっていってたんです。
―『Modal Soul』などにUyamaさんが参加しているのはそういう流れがあったわけですよね。
haruka:そうですね。サンプリングの質感とビートのかっこよさはNujabesさんにしか出せないもので、最高峰のものだからこそ、サンプリングした8小節のメロディーの続きを聴いてみたい。奏でてみたい。そういうシンプルな渇望があることは本人からも聞いていました。
なので、自分が10年間やってきたことの集大成として、Nujabesさんが聴きたかったであろう8小節の続きを、ぼくなりに弾いてみたらどうなるかな? っていう話をmaoくんにしました。音楽という大きな川の流れがあって、瀬葉さんが彼の岸辺から見た視点でつくっていたとすれば、対岸に立って見たものをぼくなりにかたちにできたら、それはある意味では「新しい作品」といえるんじゃないかなって。
「極上の8小節」を追求する、Nujabesの狂気的なまでのこだわり
―あらためて、harukaさんから見たNujabesの音楽の魅力について話していただけますか?
haruka:まずは一聴しただけで彼の音だとわかる、極上の8小節をつくれるということですよね。しかも、一生に一曲つくれたらいいレベルの8小節を、あんなにもたくさん世に送り出している。そのループ、メロディーだけでも最高なのに、魅力をさらに倍増させるビートを乗せられる。
あのビートのつくり方は、横で見ていてぼくには到底無理だと思いました。人間のグルーヴが出るように、小数点単位で全部細かくずらして、キックの音も何種類も混ぜて、よく聴くと同じ曲のなかでもスネアとキックの音が絶妙にブレンドされてるんですよ。そういうものすごく細かな作業の積み重ねと圧倒的なセンスで、あの極上の8小節ができてる。
そもそもサンプリングするレコードを見つけるまでも相当な道のりだし、8小節にかける意気込みは狂気的といってもいいと思います。だからこそ、何年経っても聴かれ続けてるんだろうなって。残っていくものって、そこに込められた魂があるからで、それが彼の場合は狂気に近い美意識でできてるんだと思います。
Nujabes『Spiritual State』を聴く(Spotifyを開く)。この作品はNujabesが亡くなった後、2011年に発表された
―逆に、同じ音楽家としてシェアしていたのはどんな部分だと思いますか?
haruka:メロディーに対する感覚は通じるものがあったと思います。言葉にはできないけど、なぜこれにグッと来るのか、「懐かしい」と思うのか、「美しい」と思うのか、その感覚が一緒なんですよね。だから、ぼくは続きのメロディーを弾きたいし、彼はそのメロディーを弾いてほしい。ぼくらはその利害で一致していたというか(笑)。パズルのピースがハマった感じがあったんですよね。
―2人が知り合ったのは、harukaさんのMySpaceにNujabesさんから「最高のギターを弾いてください」という連絡があったのが最初だったそうですが、それはつまり「最高のサンプリングネタをください」ということだったわけですよね(haruka nakamuraとNujabesの出会いが語られたインタビューはこちら「言葉を忘れるほどの孤独が生んだ、haruka nakamuraの音楽」)。
haruka:そういうことですね。この2人が組んだらいい循環でどんどん曲がつくれるんじゃないかって、それはお互い思ってたんじゃないかな。
アルバム制作にあたって、haruka nakamuraが自らに課した3つの縛り
―一緒に制作をしていたからこそわかる、Nujabesさんの人物像についてもおうかがいしたいです。
haruka:音楽家に対するリスペクトがすごくある人なんですよね。ぼくがNujabesさんに初めてお会いしたのはまだ1stアルバム(『grace』/ 2008)を出したくらいの頃で、Nujabesさんは当時もう『Modal Soul』を出していて、すでに伝説みたいなアーティストになっていました。それでもぼくをアーティストとして対等に、制作のときなどは基本的に敬語で接してくれました。
もちろん、制作以外では「飲みに行こうよ」みたいな感じで、面倒見のいい優しいお兄さんだったんですけど、音楽をつくるときは本当に対等で、リスペクトしてくれてるんだなっていうことがすごく伝わりました。
―それはきっとサンプリングするアーティストに対してもそうなんでしょうね。
haruka:彼がサンプリングするのは、それまで一般的にはその曲の本質的な良さが発見されていなかった音楽が多かったわけですけど、その曲のことをよく理解して、光を当てる角度を変えることによって、たくさんの人が聴くようになったわけですよね。そこは今回のアルバムでもコンセプトのひとつになっていて、ぼくもまずは元ネタの曲を一曲ずつ全部聴いていったんです。
―Nujabesさんが通ってきた道を、追体験するというか。
haruka:「なんでこの曲のここをサンプリングしたんだろう?」って考えると、この曲にどういう文脈でたどり着いたのか、この曲はアルバムの何曲目で、どういう流れで聴かれたのか、このアーティストの他のアルバムはどうなのかとか、きっといろんな理由がある。
そのプロセスを踏まえると、「ここで膝を叩いた瞬間があったんだろうな」とか、そのときのエモーションが感じられるんですよね。「この発見の喜びをサンプリングして、あのビートに乗せたんだな」って、その再発見する感じを自分も一回体験したかったんです。
―なるほど。
haruka:そのうえで、今回ビートは絶対乗せないっていうのは最初から決めてました。彼のようなビートをつくれる人は他にいないし、もちろんぼくもそうだから、「ビートは使わずに、ビートを感じるようなグルーヴをどうつくり出すか」を考えて、今回は生演奏の即興的な熱を生かすようにしました。
あとはやっぱり「8小節のメロディーの続き」というのがテーマで、そこを含めてアレンジを考える。だから1つには、まずパッと聴いて、リスナーが「あの曲だ」ってわかるようにしなきゃいけない。2つには、その一方で全然違う新しいアレンジであるべきだし、さらに3つ目には、そのメロディーの続きがぼくなりに奏でられていなければならない。この3つが全曲における縛りだったんです。
「“Reflection Eternal”に出会っていなければ、ぼくの音楽性はいまとは違っていたかもしれません」
―今年の2月26日に、アルバム発売に先駆けて、収録曲の“Reflection Eternal”のミュージックビデオが公開されていました。この曲についての想いを聞かせてください。
haruka:“Reflection Eternal”に出会っていなければ、ぼくの音楽性はいまとは違っていたかもしれません。初めて渋谷HMVの試聴機でこの曲を聴いて、「これは!」と思って、その場で何回もリピートしたんです。自分の頭のなかで鳴っていた理想の音楽が具現化されてそこにあって、「こんな曲がこの世に出たんだ」と思ったんですよね。
美しいピアノのメロディーがあって、ビートがあって、アンビエントがあって、エレクトロニカともヒップホップとも呼べるような、自分がいいと思うもの全部が混ざった最高すぎる8小節があり、そこにケニー・ランキンの歌声が入ってくる。もう衝撃的過ぎて、羨望と、悔しさと、いろんな感情が入り乱れて、ある意味打ちのめされた瞬間でもありました。
でもやっぱり、あの曲が生まれたことで、その先の未来がとても広がったと思うんです。エレクトロニカとかポストクラシカルとか呼び方はいろいろつきましたけど、あの曲が道を切り拓いてくれたおかげで、ぼくらのような音楽家が後に続けたんだと思います。
Nujabes“Reflection Eternal”を聴く(Spotifyを開く)
―そんな曲をカバーするというのは、ハードルの高い試みでもありますよね。
haruka:それこそクラムボンさんとか、(青葉)市子とか、いろんな方があの曲をカバーしてきました。それを近くで見たり、一緒にやったりもしてきたけど、ぼくにとっては特別な曲過ぎて、ライブのセットリストに入れることはなかったんです。
ただ、頼まれたときはアンコールでちょっと弾いたりとか、結果的にこの10年間ずっとそばにいてくれた曲でもあります。一番弾いた彼の曲だと思うし、おそらく他の誰よりもぼくがあの曲を弾いてると思う(笑)。なので、この曲はわりと正統派というか、原曲のメロディーをそのまま落とし込んでいくかたちにしたんです。
「作品は賛否両論あってしかるべきだと思ってつくってるんです」
―今回のアルバムはもともとピアノソロの予定が、途中から変わっていったそうですね。
haruka nakamura『Nujabes PRAY Reflections』を聴く(Spotifyを開く)
haruka:最初にmaoくんからはピアノソロのアルバムとして頼まれたんです。だから、タイトルも『Nujabes PRAY PIANO』で考えていて、Nujabesが愛した旋律をピアノソロで奏でて、そこにぼくが即興で続きのメロディーを奏でられたらっていうアイデアでした。でも、そのさらに先に行きたくなったんですよね。もっとワクワクするような、新しい音楽にしたいなって。
そこにはorbeの田辺玄と、baobabのMaikaという、この10年で出会った2人の相棒の存在が大きくて、彼らがサポートしてくれることによって、ピアノソロよりもっと面白い角度の作品にできる予感があったんです。もともとorbeはぼくと玄の根底にどちらもNujabesの源流を感じたからこそ組んだユニットで、しかも面白いことに、玄もこの2、3年でフルートを始めてたんですよ。
―Nujabesさんと同じ楽器を始めていたと。
haruka:これは本当に偶然で、まだこのアルバムの話が出る前からだったんですけど、たまたま彼がフルートに興味を持って、吹き始めてたんですよね。本人はまだ録音に参加する段階じゃないといってたけど、でもぐんぐん上達していました。Nujabesさんもライブではよくフルートを吹いていて、自分ではまだまだだと謙遜しながら、すごく味のあるプレイをしてたんです。
その2人のフルートの、新鮮に管楽器に触れて楽しんでる音の感じが、ちょうどリンクすると思ったんですよね。それでmaoくんにお願いして、鎌倉のスタジオから、実際にNujabesさんが使っていたフルートを山梨のレコーディングスタジオに持ってきてもらって、玄に吹いてもらったんです。
―MaikaさんもNujabesがお好きだったんですか?
haruka:もともとヒップホップが好きで、Nujabesも相当聴いてて、彼女の持ってる無国籍感のなかに、トラディショナルからクラブミュージックまで通っているからこその多様な魅力があるのは知っていました。なので、“Final View”をフィドルで弾くとかって、相当面白いんじゃないかなって。
―“Feather”のメロディーがMaikaさんのボーカルとフィドルで奏でられているのもとても新鮮でした。
haruka:今回はある意味、賛否両論あってしかるべきだと思ってつくったんです。ピアノソロで素直にカバーすれば、そんなに大きな問題にはならないと思うんですけど(笑)、でもみんなが想像できるようなアルバムになっちゃいそうだと思ったし、ちょっと懐古的というか、振り返って懐かしむ感じになっちゃうと思ったんです。
そうじゃなくて、もっと音楽的にチャレンジしようっていうのは、一曲目の“Another Reflection”をつくったときに決めました。あの曲も当初はピアノソロで、静かにやろうと思ってたんです。でも元ネタの曲を聴くと、すごくエモーショナルで、どんどんBPMが上がっていく曲だったから、その熱量を出したいと思って、大きく方向転換して。“Another Reflection”をどんなアレンジに仕上げるかが最初の大きな岐路で、このアレンジにしたことによって、アルバム全体の舵が振り切れていったんです。
「自分のなかでまた違う時計が動き始めた」。haruka nakamuraが覚悟を決めた、ターニングポイントとなる経験
―世界中にファンのいるNujabesさんのトリビュートを制作するというのは、ある種のプレッシャーもあったのではないかと思うのですが、そのあたりはいかがでしたか?
haruka:もちろん、いろんな想いを持った方が聴くアルバムになるとは思ったんですけど、それを気にし過ぎて縮こまるべきではないと思ったし、ご家族からの依頼を受けたぼくだからこその答えをひとつ出したいと思ったんです。
今回トリビュートを引き受けたのはひとつ大きなきっかけがあって、maoくんとひさしぶりに会ったときに、瀬葉さんによく連れて行ってもらってた焼き鳥屋さんに、初めて2人で行ったんですよ。そこでいろいろ話すなかで、瀬葉さんが亡くなったのがこの近くだっていわれて、そこは本当にご家族しか行ったことがない場所だったんですけど、その日に2人で行くことになり。あの時間はターニングポイントになったと思います。
―その場所で何かを話したというよりも、その場所に2人で行って、時間を共有したことが大きかった?
haruka:そうですね。その場所は10年間時が止まっていて、それは実際行ったらわかるんですよ。その場所にずっと一人で通っていたmaoくんに「時を進めてほしい」といってもらえたら、それは「ぼくでよければ」という決心がつくというか。
人はいつか必ず旅立っていくわけですけど、残された人が忘れなければ在り続けられるじゃないですか? 瀬葉さんもいろんな人のなかにいまも存在している。そういう人が旅立った場所に実際に足を運ぶと、自分のなかでまた違う時計が動き始めたというか。それまではイメージでしかなかったけど、リアルな質感としてその場所、空間がぼくの深いところに入ってきてしまった。その体験をしたからこそ、作品をつくる覚悟が決まった気がしています。
「このアルバムはみんなのNujabesへの想いが集結したアルバム」
―アルバムのラストに収められている“Let me go”は、『MELODICA』のラストに収録されていた“let go”のタイトルを変えたものですね。
haruka:“let go”は「手放す」ですけど、“Let me go”だと「私を次に行かせてください」という意味に変わる。それは何も瀬葉さんにいってるわけじゃなくて、そこまでの曲たちが「ぼくを次に行かせてくれるための10曲」みたいなイメージで。だから、最後のこの曲だけはピアノソロなんですよね。
ぼくはこれからピアノソロに向き合っていきたいと思っていて、この作品をやり切ったことによって、本格的なピアノソロへの道が始まるかもしれない。そういう物語になれば、自分のなかでも腑に落ちると思ったんです(haruka nakamuraがピアノソロに対する想いを語ったインタビューはこちら「haruka nakamuraが語る、音楽とは灯台の光 日々の生活に慈しみを」)。
―この「me」は聴き手それぞれに置き換えられるようにも感じました。それこそ、maoさんやご家族の方も自身を重ねられるんじゃないかなって。
haruka:そう感じてもらえると嬉しいです。ぼく一人の物語じゃなくて、もっと大きな流れのなかにある物語だということをいかに丁寧に伝えるかも、ひとつのテーマだったので。
―今回のアートワークはHydeout Productionsのレーベルコンピ『2nd Collection』と同じCheryl D. McClureさんによるもので、そこにも物語を感じます。
haruka:Nujabes作品のジャケットはどれもかっこいいですけど、個人的に一番好きだったのが『2nd Collection』で、いつかお願いしたいと思ってたんです。Instagramから直接コンタクトをとって、彼女の新作の絵のなかから選ばせてもらいました。
この絵はいろんな見え方がするなと思います。遠くに江ノ島がある、鎌倉の風景のようにも見えるし、あちらとこちらの「あわい」の境目というか、Horizonのようにも見えるし。
―てっきり鎌倉をイメージして描いてもらったのかと思ってました。
haruka:違うんですよ。でも絵をいくつか見せてもらったときに、maoくんと「これしかない!」ってなりましたね。『2nd Collection』みたいな鮮烈な色彩ではないけど、今回のアルバムにふさわしい、どこか懐かしさや優しさが感じられる色合いだなって。
ブックレットは、Nujabesがきっかけで奥さんと出会ったというデザイナーのsuzuki takahisaくんが、これまでのNujabesのアルバムを踏襲したデザインにしてくれて。写真を撮ってくれたTKCも、もともと渋谷のタワレコでNujabesやぼくの音楽を広めてくれたバイヤーさんで、彼と出会ったのも、ぼくが『MELODICA』をタワレコに持って行ったときで。なので、みんなのNujabesへの想いが集結したアルバムなんです。
―メモリアルなアルバムをつくり終えて、現在はどんな心境ですか?
haruka:世に出した自分の作品って、基本的にもう聴き返さないんですけど、このアルバムはぼくだけのものじゃなくて、瀬葉さんのものでもあるし、みんなのものでもあって。だからなのか、折に触れて聴きたくなりますね。そして、聴くたびに「つくってよかった」と思えるんです。
他の作品だと、「ここをもっとこうすればよかった」とか気になっちゃったり、タイミングによっては感情が不意に揺さぶられたりするから、あんまり聴きたくないんですけど。このアルバムは個人のものじゃなくて、祈りのようなアルバムだから、自然に聴けて、いいと思えるんです。それはNujabesの音楽の懐の深さでもあると思いますね。
- リリース情報
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- haruka nakamura
『Nujabes PRAY Reflections』(CD) -
2021年12月4日(土)発売
価格:3,300円(税込)
HPD191. Another Reflection
2. Horizon
3. Waltz of Reflection Eternal
4. flowers
5. kumomi
6. Feather
7. latitude
8. Light on the land
9. Final View
10. World's end Rhapsody
11. Reflection Eternal
12. Let me go
- haruka nakamura
- プロフィール
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- haruka nakamura (はるか なかむら)
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音楽家 / 青森出身。カテドラル聖マリア大聖堂、世界平和記念聖堂、野崎島・野首天主堂を始めとする多くの重要文化財にて演奏会を開催。近年は杉本博司『江之浦測候所』の特別映像、国立新美術館『カルティエ 時の結晶』、安藤忠雄『次世代へ告ぐ』、京都・清水寺よりライブ配信、東京スカイツリーなどプラネタリウム劇伴音楽、早稲田大学交響楽団と大隈記念講堂にて自作曲共演。Nujabesをはじめとする音楽家や、柴田元幸、ミロコマチコ、BEAU PAYSAGEなど多方面とコラボレーション。MVは川内倫子、奥山由之などの写真家が手掛ける。Huluドラマ『息をひそめて』、NHK『ひきこもり先生』などの劇伴、任天堂CM『あつまれどうぶつの森』楽曲提供、カロリーメイト、ポカリスエット、スマートニュース、ロト・ナンバーズ、AC公共広告機構、CITIZENなど多くのCM、ドラマ、ドキュメンタリー番組などの音楽を手掛ける。2021年12月Salyuとのコラボレーションで本格ライブ復帰。