クリープハイプの約3年3か月ぶりとなる6thアルバム『夜にしがみついて、朝で溶かして』が12月8日にリリースされた。本作には“愛す”と書いて「ブス」と読む2020年1月リリースのシングルや、制作時の苦悩が『情熱大陸』で放送された“料理”、お笑いコンビ・ダイアンに提供した“二人の間”のセルフカバーなど、バンド史上最多の15曲を収録。時に刺激的に、時に柔らかく、いままで以上に巧みな言葉使いとストーリー、それを見事に演出する幅を広げたサウンドで、尾崎世界観の歌の魅力を最大化させた傑作となっている。
コロナ禍において多くのミュージシャンが停滞を余儀なくされるなか、フロントマンである尾崎世界観は2021年1月に上梓した単行本『母影』が『第164回芥川龍之介賞』候補作に選ばれるなど、作家としての才能を遺憾なく発揮。かねてより称賛されている文学性に磨きをかけてきた。
しかしながら、それでも「言葉というものを自分は疑ってる」と言う尾崎は、本作をどのような姿勢でつくりあげたのだろうか。
Spotifyのプレイリストシリーズ「Liner Voice+」では、尾崎に『夜にしがみついて、朝で溶かして』の全曲解説インタビューを実施。本稿では、その聞き手を務めたライター・エッセイストの生湯葉シホに、インタビューを終えての感想も交えたアルバム評を執筆いただいた。音声で聞く「Liner Voice+」と併せて、ぜひアルバムを深く掘り下げてほしい。
言葉って、突き詰めればただの音だって思う──クリープハイプが歌う言葉の「その先」
話していて、こちらが言葉を言い終わるよりひと足速く意図が伝わっている、と思った。「ああ」とか「たしかに」までの距離が、予想しているよりもずっと短い。
私たちのあいだには録音マイクと飛沫対策のためのシートがあったから、こちらの表情をよく見ているというわけでもなさそうだ。この人はたぶん、言葉の意味ではなく、言葉の音を聴いている。……というのが、尾崎世界観と向き合ってはじめに感じたことだった。
言葉はあくまで「借りもの」。気持ちにいちばん近いものを、仮で置いているだけ
クリープハイプの新アルバム『夜にしがみついて、朝で溶かして』をめぐるインタビューのなかで、その予感はすぐに話題に上った。2曲目の“ポリコ”の歌詞を書いた背景について、尾崎はこう語る。
尾崎:あらためて、言葉というものを自分は疑ってるということを認識して。歌詞に気持ちを乗せてはいるんですけど、それで全部は伝わらないと思っているんですね。そんなものだよな、というか。言葉を信用しきっていないので。
突き詰めれば「ただの音だ」って思うんです、言葉は。そこに仮で自分の言葉を置いてるという認識なんです。(自分の気持ちに)いちばん近いものをなるべく選んでいるけど、全部が100%自分の気持ちというわけでもないんですよね。
言葉はあくまで「借りもの」で、意味よりも音のほうがつねに前にあると尾崎は言う。けれど多くの場合、言葉は言葉そのものとして受け手に届いてしまう。言葉はなかなか音より遅くは走れない。そんな機能としての言葉の不完全さ、そして、それでも「借りもの」でどうにかやっていかなければいけないことへの苛立ちと情けなさが、尾崎の歌詞には貫かれている。
クリープハイプ“ポリコ”を聴く(Spotifyを開く)
5曲目の“愛す”に続く“しょうもな”は、そんな言葉に対する尾崎のスタンスがストレートに表れている楽曲だ。<キスしたらスキ お別れをわかれ / 坂の途中で傘を広げて / 抱き合う体 だから浮気だ>……と、冒頭にある<愛情の裏返し>というフレーズのごとく、「裏返」されては怒涛の言葉遊びに巻き込まれていく歌詞たちは、猛スピードのサビのなかで<ほんとしょうもないただの音>と突き放される。
<あたしは世間じゃなくてお前にお前だけに用があるんだよ>という歌詞は、一対一の関係のあいだに割って入ろうとする存在への怒りのこもった警告のように響く。
クリープハイプ“しょうもな”を聴く(Spotifyを開く)
2020年1月に“愛す(ぶす)”をリリースした際、「<ブス>という言葉の届き方やその速度が想定していた以上だった」と尾崎は語った。“愛す”は素直に言葉にすることができなかった感情の「ねじれ」を、浮遊感のある言葉遊びのなかで歌う曲だけれど、<ブス>という言葉にはそれだけで届きすぎてしまう意味の強さがある。
正直に言えば、私もリリース時にこの曲を初めて耳にしたとき、その言葉選びには少しギョッとした。けれど、「一対一の関係性でそこにしかないものを歌っている」「(言葉を伝えられなかった)情けなさを歌っている」という今回のインタビューでの尾崎の言葉を聞き、これは何かをジャッジするような意図の歌詞ではなく、“しょうもな”のフレーズを借りるなら、<お前だけに>向けられた音なのだと感じた。
クリープハイプ“愛す”を聴く(Spotifyを開く)
「ぶかぶかの靴を履いてるような感覚」を楽しんでいる
矛盾しているようだけれど、尾崎の歌詞からは言葉に対する不信感と同じくらい、言葉を使って遊ぶことの面白さや憎めなさも伝わってくる。
3曲目の“二人の間”は、お笑いコンビ・ダイアンへの提供曲だ。コロナ禍での自粛期間、ダイアンが出演していたラジオ『よなよな…』を聴くことを毎週楽しみにしていたという尾崎が二人のために書き下ろしたこの曲は、<あぁ確かに で それから どうした> <うん確かに でもそれなら どうする>といったかけ合いの連続で、意味のあることはほとんど何も言っていない。言葉を音と捉えるという、アルバム全編を貫く試みの真骨頂がこの曲だと思う。歌詞は「ダイアンの魅力をどう伝えようか悩んだ結果できたもの」だと尾崎は言う。
尾崎:(ダイアンには)言語化できない魅力があるからどう伝えよう……と悩んでいたときに、そのままそれを書くべきだなと思ったんですね。言語化できないということを言語化する。それでどこが魅力かをもう一度考えたときに、ダイアンのお二人の相槌が好きだなと思ったんですよ。Bメロは相槌だけで書いているんですけど、とにかく何も言ってないんですよね、この歌は。
ダイアンの二人の空気感、言い換えるならタイトルどおりの“二人の間”を忠実に再現したこの歌は、クリープハイプのセルフカバーによって、ひねくれたかわいさを感じるギターリフや、エレキドラムのゆるい音の心地よさを堪能できる楽曲に仕上がっている。個人的には、面白い漫才やコントを見ているときの、耳あたりのいいしゃべりを思い出すような1曲だと思う。
クリープハイプ“二人の間”を聴く(Spotifyを開く)
4曲目の“四季”にまつわるインタビューのなかでは、<息が見えるくらいに寒くて暗い帰り道 / どうでもいい時に限って降る雪 / その時なんか急に無性に生きてて良かったと思って / 意味なんて無いけど涙が出た>というフレーズに関して、こんなやりとりもあった。
―これを帰り道に聴いていると、なんだかほんとに<生きてて良かった>って実感が湧いてくるような感じがあります。
尾崎:<生きててよかった>というフレーズはぼくの好きなフラワーカンパニーズ“深夜高速”の歌詞にもありますけど、なんかすごくこう……言葉とはちょっと離れているというか、ぶかぶかの靴を履いているような感覚があって。生きててよかったって言ってるときって、ちょっと言葉と自分が合ってない感じがする。でも、それも好きなんですよね。
このフレーズは私にとっては、ドラマティックな状況を歌っていないからこそ手ざわりをもって感じられるような、フィット感のある言葉だった。けれど尾崎はこの言葉を「ぶかぶか」と捉えながらも、あえて<生きてて良かった>と言いきることで、自分の心と言葉との乖離を楽しんでいる。言葉に追いつかれまいともがきながらも、言葉を使って遊ばずにはいられない彼らしさをここでも感じて、無性にうれしくなった。
クリープハイプ“四季”を聴く(Spotifyを開く)フラワーカンパニーズ“深夜高速”を聴く(Spotifyを開く)
「別れたことを歌っている曲のなかで君たちは一緒にいるから、という感じですね」
クリープハイプの歌には、「不在の存在感」を感じさせるものが多い。今回のアルバム曲でいえば、<忘れてたら 忘れてた分だけ 思い出せるのが好き>という、ものすごい言葉を軽やかに歌う“四季”や、喪失感をストレートに描く14曲目の“幽霊失格”などからも、そのエッセンスは十分に感じられる。
クリープハイプ“幽霊失格”を聴く(Spotifyを開く)
この「不在」や「失ったもの」への感覚に関して、尾崎は12曲目の“キケンナアソビ”にまつわるインタビューのなかで、こんなふうに語っていた。
尾崎:景色を主人公にしないという感覚は、すごくありますね。(景色に関して)人がそこにいなかったとしても、それを「不在」と捉えていると思うので、誰かが来るんじゃないかとか、誰かがいたんじゃないかというふうに景色を見ている。さみしさで捉えちゃうんですよね、誰かがいたのにいまいなくなったんだ、とか。
たしかに、クリープハイプの(とくに尾崎の)歌詞のなかでは、あまり景色が単体では登場せず、つねに「誰かがいた気配」とともにそれが歌われる。人と人がいた記憶のなかの一瞬が切りとられ、写真に焼きつけられるように歌になる。
クリープハイプ“キケンナアソビ”を聴く(Spotifyを開く)
13曲目の“モノマネ”が2009年リリースの“ボーイズENDガールズ”の続編であり、それが前作のなかでは幸せだった二人の別れを描いた曲であることに触れると、尾崎はあっけらかんと「そこに関してはなんの躊躇もない」と言った。
尾崎:「えっ、10年一緒にいたんですけど」って言われても、「仕方ない、上が決めたことだから」と思います(笑)。仕方ない、そんなの知らないって。でも、別れたことを歌っている曲のなかで君たちは一緒にいるから、という感じですね。
「別れたことを歌っている曲のなかで君たちは一緒にいる」――この言葉の気分がなんというか、最高にクリープハイプだなあ、と思った。クリープハイプの曲として書かれ、このアルバムのなかに焼きつけられた「いまはもうここにいない二人」のことが、なんだか少し羨ましくなった。
クリープハイプ“モノマネ”を聴く(Spotifyを開く)クリープハイプ“ボーイズENDガールズ”を聴く(Spotifyを開く)
「わかってしまったら終わるようなものって、けっこうあるじゃないですか」
ここでは歌詞と言葉の話ばかりに文字数を費やしてしまったけれど、尾崎は今回のアルバムのサウンド面についても興味深い話をたくさんしてくれた。
間奏のホーンセクションのフレーズを一からつくるなど、アレンジにクリープハイプの曲史上もっとも時間をかけたという“愛す”、楽器を鳴らしすぎないことにこだわり、いまのバンドの気分をいちばん表現できたという9曲目の“ナイトオンザプラネット”のほかにも、ベースの長谷川カオナシの個性が前面に出た10曲目の“しらす”、そして“しらす”に負けないくらい「変な曲」をつくろうと思って取り組んだという11曲目の“なんか出てきちゃってる”などは、アルバムならではのよさを感じられる楽曲になっている。ぜひ、アルバムの副読本のようにして「Liner Voice+」も聴いてみてほしい。
クリープハイプ“ナイトオンザプラネット”を聴く(Spotifyを開く)クリープハイプ“しらす”を聴く(Spotifyを開く)
クリープハイプ“なんか出てきちゃってる”を聴く(Spotifyを開く)
インタビューのなかで「言語化しきれないことやわからないことの面白さを大事にしたい」と繰り返し話してくれた尾崎は、“二人の間”を提供したダイアンの二人の魅力についてこう言っていた。
尾崎:わかってしまったら終わるようなものって、けっこうあるじゃないですか。(でもダイアンは)実際に会えたときほど遠ざかる……だから、ずっと好きでいられるなと、あらためて思いましたね。
そして、来春からはじまるアルバムツアーに関しては、こう語る。
尾崎:自分でも今回「こういうアルバムだ」っていうのがわからないんですよ、いまだに。だから可能性を感じていて。やっぱりわかってしまうということはもう、そこまでで先が見えているということなので、今回はそれがないからすごく楽しみなんですよね。
まだアルバムのかたちが掴めていないからこそ見えないという「その先」を、私も一人のリスナーとして純粋に、すごく楽しみにしている。
クリープハイプ「Liner Voice+」を聴く(Spotifyを開く)
- リリース情報
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- クリープハイプ
『夜にしがみついて、朝で溶かして』初回限定盤(CD+Blu-ray+48Pブックレット) -
2021年12月8日(水)発売
価格:6,300円(税込)
UMCK-7147[CD]
1. 料理
2. ポリコ
3. 二人の間
4. 四季
5. 愛す
6. しょうもな
7. 一生に一度愛してるよ
8. ニガツノナミダ
9. ナイトオンザプラネット
10. しらす
11. なんか出てきちゃってる
12. キケンナアソビ
13. モノマネ
14. 幽霊失格
15. こんなに悲しいのに腹が鳴る[Blu-ray]
『クリープハイプの日 2021(仮)』
1. キケンナアソビ
2. 月の逆襲
3. 一生のお願い
4. 君の部屋
5. バブル、弾ける
6. リグレット
7. 週刊誌
8. 喋る
9. 四季
10. 僕は君の答えになりたいな
11. ベランダの外
12. 陽
13. 大丈夫
14. ねがいり
15. 百八円の恋
16. 社会の窓と同じ構成
17. 寝癖
18. しょうもな
19. ナイトオンザプラネット
20. さっきはごめんね、ありがとう
21. 蜂蜜と風呂場
22. ex ダーリン
23. イノチミジカシコイセヨオトメ
・『クリープハイプの日 2021(仮)』ドキュメント
- クリープハイプ
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- クリープハイプ
『夜にしがみついて、朝で溶かして』通常盤(CD+24Pブックレット) -
2021年12月8日(水)発売
価格:3,300円(税込)
UMCK-1705[CD]
1. 料理
2. ポリコ
3. 二人の間
4. 四季
5. 愛す
6. しょうもな
7. 一生に一度愛してるよ
8. ニガツノナミダ
9. ナイトオンザプラネット
10. しらす
11. なんか出てきちゃってる
12. キケンナアソビ
13. モノマネ
14. 幽霊失格
15. こんなに悲しいのに腹が鳴る
- クリープハイプ
- プロフィール
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- クリープハイプ
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左から小泉拓(Dr)、尾崎世界観(Vo, Gt)、長谷川カオナシ(Ba)、小川幸慈(Gt)。 2001年結成。一時は尾崎の一人ユニットになるも、2009年に現在の編成となり、本格的な活動をスタート。2012年にアルバム『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』でメジャーデビューする。2014年には初の日本武道館公演を2デイズで開催。尾崎は半自伝的小説『祐介』をはじめ、エッセイ集や対談連載の書籍も発表。2021年1月に単行本が発売された『母影』は第164回芥川龍之介賞候補作にも選ばれている。2021年12月8日に6枚目のアルバム『夜にしがみついて、朝で溶かして』を発表。2022年2月には収録曲の“ナイトオンザプラネット”を受けて松居大悟監督によって制作された映画『ちょっと思い出しただけ』が公開予定。