細田守『竜とそばかすの姫』世界基準の音楽制作をキーマンが語る

前作『未来のミライ』から3年ぶりとなる細田守監督の最新作『竜とそばかすの姫』は、その主役の「声 / 歌」に大抜擢された天衣無縫のミュージシャン中村佳穂をはじめ、中村が演じる仮想空間の歌姫・ベルとのコラボレーションというかたちでメインテーマ“U”を書き下ろした常田大希率いるmillennium parade、さらには劇中歌と劇伴を担当する岩崎太整、Ludvig Forssell、坂東祐大など、気鋭の作曲家が数多く参加するなど、まさしく音楽が主軸に据えられた作品となっている。

今回話を聞いたのは、制作の初期段階から細田監督と並走するかたちで音楽面の座組を組み立て、「ミュージックスーパーヴァイザー」としてクレジットされている千陽崇之。じつはこの肩書きは、日本よりも海外でよく耳にするものだという。

「通常の映画音楽の現場とはまったく違った」という、世界を見据えた制作プロセスがとられた本作の音楽。果たして、細田監督のどんなアイデアのもと、どのように具象化されていったのだろうか。映画の音楽的な見どころも含め、たっぷりと語ってもらった。

日本ではほとんどつくられてこなかった、「歌が主役」の映画のつくり方

―千陽さんはかなり初期の段階から、『竜とそばかすの姫』の構想に関わられていたそうですね。

千陽:ぼくのところに初めて話をいただいたのは、2018年の秋頃のことでした。『未来のミライ』が完成したあと、『カンヌ国際映画祭』をはじめさまざまな海外映画祭で上映されて、細田監督も海外をいろいろと回られていたんです。そのときにアメリカで、グレン・キーンさんという、『美女と野獣』をはじめ数々の名作アニメーションを手掛けてきた伝説的なアニメーターのスタジオを訪ねられたことがあって。

ちょうどグレンさんは『Over The Moon(邦題『フェイフェイと月の冒険』)』というNetflixのアニメーション映画を制作されていたのですが、制作途中の劇中歌を細田監督がちょっと聴かせてもらったところ、すごく良かったらしくて。それで帰国してから、「ああいうものは、どういうふうにつくればいいんだろう?」っていう話になったんです。

―ああいうもの、というのは?

千陽:劇中で登場人物が歌を歌ったりする、音楽が主軸になった作品のことです。そのときにもう細田監督のなかには、今回の作品のプロットがあったんですね。

主人公の内藤鈴(すず)は、幼い頃に経験した母の死をきっかけに歌うことができなくなっていた。ある日、親友に誘われ、世界で50億人以上が集うインターネット上の仮想世界「U(ユー)」に参加することに。Uのなかでの姿「ベル」として再び歌うことができたすずは、世界中の人気者になっていく。©2021 スタジオ地図

千陽:これまでの作品でも、監督は音楽には非常にこだわっていたのですが、そうはいってもいわゆる主題歌があって劇伴があってという、映画音楽として一般的な形式でした。そうではなくて、今回は「聴かせる」歌が劇中にいくつも出てくるような作品になるだろうと。そういった作品を、アメリカではどういった手順でつくっているのかという話です。細田監督にそれを訊かれたスタジオ地図のプロデューサーから、ぼくのほうに相談がありまして。

千陽崇之(ちよう たかゆき)
レコード会社、音楽出版社を経て、日本テレビ音楽の制作部に所属。日本テレビが製作する映画作品の音楽プロデューサーとして活動するかたわら、スタジオ地図、日本テレビ、NTTドコモ、KADOKAWAの4社で構成される「スタジオ地図LLP」においても音楽事業を担当。『竜とそばかすの姫』には、スタジオ地図LLPよりミュージックスーパーヴァイザーとして参画。

―読者のなかには、そもそも通常の劇伴のつくり方について、あまり馴染みのない人も多いと思いますが、アメリカの音楽劇とはどのような違いがあるのでしょう?

千陽:一番の違いは、通常の劇伴は大抵一人の作曲家が担当しますが、『Over The Moon』の場合、複数名の作曲家が手分けして曲を書いていました。そうした場合のチームのつくり方や進め方をプロデューサーに報告したところ、「千陽さんだったら、どういうふうにチームを組み立てます?」みたいな「お題」をいただきまして。

―そこから、さらに具体的になっていったんですね。

千陽:もし日本で音楽劇をつくるなら、どういう組み合わせがいいだろうと。それこそ、ハリウッドやブロードウェイでやっている人を日本に連れてくるのがいいのか……。『未来のミライ』はアカデミー賞にノミネートされるなど海外からの評価も高かったので、そのあたりも意識しつつ、海外からも国内からも候補を挙げながら、「この人だったらこんなコンセプトが合いそう」みたいなことをプレゼンさせてもらって。そこからはいろいろ試行錯誤があって、最終的に岩崎太整さんを中心に、「作曲村」という複数作曲家で制作する座組に収まりました。

「地味ですけど、こういう仕事があるということをみなさんに紹介したい」

―クレジットには、映画『モテキ』やドラマ『全裸監督』などで音楽を担当した岩崎太整さんをはじめ、ゲーム音楽出身の作曲家Ludvig Forssellさん、嵐“カイト”の編曲やドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』の劇伴で知られる坂東祐大さんの名前がありますね。

千陽:岩崎さんには、Forssellさんや坂東さんをはじめいろんな作曲家を音楽監督として束ねながら、ご自身にも作曲していただいて。参加してくださった作曲家陣は皆、岩崎さんに声を掛けてもらった方々です。

プレイリスト『竜とそばかすの姫 - This Is スタジオ地図 Special Edition -』を聴く(Spotifyを開く

―千陽さんが担当されている「ミュージックスーパーヴァイザー」というのは、どういった立ち位置なのでしょうか?

千陽:監督と岩崎さんのあいだに入って、それぞれと相談したり、それを双方に戻したり。クリエイティブ面はもちろん、スケジュールや予算、契約などに関しても、音楽に関してすべての責任をとるというポジションです。岩崎さんには、音楽監督として誰にどういう曲をつくってもらうかというところから、いろいろ考えて提案してもらいました。

普段のぼくは「音楽プロデューサー」という肩書きで、さまざまな映画の音楽に関わらせてもらっています。ただ、かねてから、自分の仕事と「音楽プロデューサー」という言葉のイメージとのあいだに少しギャップを感じてもいて。

「音楽プロデューサー」といえば、一般的なイメージとしては、小室哲哉さんや小林武史さんのような方を思い浮かべる人も多いでしょう。今作では「音楽監督」としてクレジットされている岩崎太整さんも、作品によっては「音楽プロデューサー」という肩書きで出ていることもあって。いずれにしても、実際に音楽をつくっている人のイメージが強いですよね?

―たしかに、そうですね。

千陽:海外には、「ミュージックスーパーヴァイザー」というポジションが明確にあるのですが、これまで日本にはなかったんです。

いわゆる映画だけでなく、テレビドラマやアニメーション、ゲームなどで使用する音楽を統括する責任者。以前勤めていたレコード会社や音楽出版社でも、海外のアーティストサイドから、「日本のミュージックスーパーヴァイザーを紹介してほしい」とよく頼まれていました。

特に海外の場合は、日本と違って既存の楽曲を使うことが非常に多いので、その選曲をしたり、権利関係を処理したり……要は、いろんなところから楽曲を集めて、それを監督に提案したり、決めたりするのが、「ミュージックスーパーヴァイザー」の仕事です。海外の事務所やレコード会社から見れば、扱うアーティストの楽曲を日本の作品に使ってもらうために、まずアプローチする相手でもありますね。

―問い合わせの「窓口」にあたる人なんですね。

千陽:そうですね。なので、そういう人を紹介してほしいとよく言われていたんですけど、基本的に日本には「ミュージックスーパーヴァイザー」を名乗っている人がいないので、ずっと「そういう人はいない」と回答していたんです。

ただ、映画や映像の音楽に関わる音楽プロデューサーの仕事を始めてから、この仕事がじつはそれにあたるのかなと思うようになってきて。だったら、ぼくがそのポジションを確立できれば、海外から見てもわかりやすくなるし、業界のためにもなるんじゃないかと思うようになって。どこかで「ミュージックスーパーヴァイザー」という肩書きを使いたいと思っていたなかで、今回の『竜とそばかすの姫』につながっていったという経緯でした。

日本映画における「音楽プロデューサー」は、人それぞれのスタンスや関わり方があると思うんですけど、海外も視野に入れた場合、それは「ミュージックスーパーヴァイザー」になるんだよというのを、ぼくのほうから提示したいなっていう思いもあって。地味な仕事ですけど、こういう仕事があるということをみなさんに紹介したい、そしてもしあとに続いてくれる方が出てきたら嬉しいなと思っているんです。

「中村さんが歌った瞬間に『あ、こういうことだったのか』ってみんなが思った」

―本作の音楽面での注目ポイントとしては、やはり主演の「すず / ベル」役を、ミュージシャンの中村佳穂さんが担当していることがあります。中村さんの起用が決まったのは、いつ頃の話だったのですか?

千陽:2020年の年末に主演のオーディションをやったので、最終的に決まったのは、年明けだったと思います。ただ、オーディションの段階で、もう満場一致だったんですよね。その前に何か月かオーディション期間があって、テープオーディションから対面まで、結構な人数を集めていたんですけど、やっぱり彼女だよねという話になって。

監督がずっと言っていた「ベル」の歌というのがどういうものなのか、音楽をつくっているぼくらにも、完全にはイメージできないところが正直あったんです。でも、中村さんが歌った瞬間に「あ、こういうことだったのか」ってみんなが思った。細田監督も「すず / ベルそのものだった」と言っていましたね。それくらい、説得力のある歌声だったんです。

ベルは誰もが「自分のために歌ってくれている」と感じる不思議な歌声を持ち、瞬く間に「U」で圧倒的な人気を得る ©2021 スタジオ地図

「すず / ベル」役を演じたシンガーソングライターの中村佳穂。2019年、Spotifyが選ぶ新進気鋭のアーティスト「Early Noise」に選出
「すず / ベル」役を演じたシンガーソングライターの中村佳穂。2019年、Spotifyが選ぶ新進気鋭のアーティスト「Early Noise」に選出。CINRA.NET掲載・過去のインタビューはこちらから

―そんな中村さんが演じる「ベル」が歌う“U”という曲は、「millennium parade × Belle」名義のメインテーマとなっています。常田大希さん率いるmillennium paradeの起用は、どのように決まったのでしょう?

千陽:“U”は作品の冒頭で流れるとても重要な曲ですが、これは監督がずっと常田さんにお願いしたいと言っていて。millennium paradeさんがNetflixのアニメーション映画『攻殻機動隊SAC_2045』に提供した“Fly with me”という曲が、すごく本作のイメージに合うと。とはいえ、忙しい方たちなので、なんとか時間を掛けて口説き落としたという感じです。オーディションでの中村さんの歌は、常田さんにも聴いてもらいましたが、彼もやっぱり「彼女しかいないでしょう」と言っていました。

millennium parade × Belle“U”を聴く(Spotifyを開く

millenium paradeを率いる常田大希

―そこで、今回の豪華コラボレーションが誕生したと。それにしても、結果的にすごい座組になりましたよね。関わっているミュージシャンの数も、すごく多いですし。

千陽:そうですね。音楽のエンジニアチームも、「チーム」というぐらいたくさんの方々に参加していただいて。さまざまなアーティストや映画作品に携わってきた佐藤宏明(molmol)さんに、エンジニアの統括として入っていただき、佐藤さんを中心にたくさんの方々が、手分けしながら同時に作業をしていって。とにかく、音楽の物量がすごいので。ダビングの現場でもエンジニアチームに音楽の編集やミックスの作業をしていただいて、もう臨戦態勢というか、どこかのシーンで修正が出たらその場で直して……しかも今回はセリフの整音や歓声などの一部の効果音も音楽チームで担当しましたので、かなりの時間を費やしました。こんな大変な現場は、他にないです(笑)。

―(笑)。その全体を、文字通りスーパーヴァイズするのが千陽さんの役割でもあると。

千陽:そうですね。今回の『竜とそばかすの姫』は、参加するクリエイターの多様性、個性が大切な作品ですが、それを最終的にひとつにまとめる必要があります。だから人と人とのあいだで、誰かが汗をかかなければいけない。それを岩崎さんと二人で手分けしてやった感じです。

もちろん、この曲でいいか悪いかとか、最終的な判断はすべて細田監督が下すんですが、音楽チームのなかで、始まりから最後まで全部を見ているのがぼくの役割。見なくてはならない全体が、ここまで広いものになるとは、当初思っていなかったんですけどね(笑)。

―やはり、物語のテーマの中心に「歌」があるので、どうしてもそうならざるをえなかったのでしょうね。ちなみに歌の歌詞は、脚本を書きながら細田監督が書かれたのでしょうか?

千陽:脚本の段階では、歌詞の原案にあたるものは入っていました。その後、イメージを伝えた上で中村さんにお願いして書いてもらったものもあれば、細田監督のアイデアをベースに、中村さんや岩崎さんに歌詞として整えてもらったものもありますね。

聴くを通り越して「体感する」。仮想世界「U」をつくり上げた音楽の力

―細田監督と仕事をされてみて、いかがでしたか?

千陽:最初はやはり大変に緊張していたんですが、監督も頼ってくださったのはありがたかったです。

映像と音楽を同時につくりながら、監督の頭のなかにしかないものを具現化していくなかで、それが最終的にどんなものになるのか、やり取りを人一倍重ねていたぼくにさえ正直想像しきれないところもありました。

でも、それが実際にできていくにしたがって「ああ、監督はこういうことをやりたかったのか」と腑に落ちていくんですよね。監督がOKを出したものだけが残って、かたちになっていくわけなので。それを間近で見ながら、やっぱりさすがだなと思いました。

―では、最後にあらためて、『竜とそばかすの姫』の見どころ聴きどころを、お話しいただけますか?

千陽:ぼくから言えるのは、やっぱり音楽ですね。全編を通して音楽が鳴っていて……歌もあれば、いわゆるスコアもあって。

今回の映画では「音像の体験をつくる」ということに、スタッフみんな非常にこだわったんですよ。「U」という、実在しない世界を音楽で表現するわけですから、聴こえ方ひとつで世界観が変わってしまう。

さらにそれを、映像と同時並行でつくっていったので、できあがった曲の数々はクリエイターたちのイマジネーションの賜物です。監督のイメージとすり合わせるために、完パケと勘違いするような高い精度のデモをいくつもつくってもらいました。

物語の詳細については言えませんが、特に最後のクライマックスなどは、かなり長い尺で歌のシーンがあって……まさしく劇場で「体感する」としか言えないような、すごいつくりになっていると思います。ぜひ、映画館で楽しんでいただけると嬉しいですね。

©2021 スタジオ地図

―しかも、その音楽の中心にいるのが、圧倒的な歌声を持った中村佳穂さんになるわけで……それは非常に楽しみですよね。

千陽:そうですね。中村さんがアーティストとして素晴らしいのはもちろん、今回の作品についてもすごくクリエイティブに考えてくださいました。主人公である「すず / ベル」がどう歌うべきかを、考えながら歌ってくれているんです。歌っているのは中村佳穂なんだけど、中村佳穂ではないというか——「すず / ベル」なんですよね。だから、中村さんのファンにとっても新しい、必聴の歌声になっていると思います。

―なるほど。長期にわたった千陽さんのお仕事も、これでようやくひと区切りつく感じですか?

千陽:いや、じつはそうでもなくて(笑)。これから海外向けに、全部の歌を英語に直すという作業があります。要は、ハリウッドのミュージカル作品などで日本語バージョンをつくるのと、逆の作業をこれからしなくてはいけないんです。

―そこは字幕対応というわけにはいかないんですね。

千陽:字幕版で上映する国もあるんですけど、アメリカなど一部の国では英語の吹き替え版をつくって、字幕版と両方で公開することになっています。歌も声もすべて録音しなおしになるので、どなたに演じてもらうのかが非常に大事で……その話を、いまちょうど現地の配給と詰めているところです。

―となると、これからもうひと仕事あるわけですね。

千陽:そうですね。日本での公開がひと段落したら、海外の人たちと一緒に吹き替え版の制作をして、それが向こうで公開されて、そこでなにがしかの評価を受けるところまでが、ぼくの仕事です。なので、1年後とは言わないですが、来年の春ぐらいには、やっと全部終わったと言えるのかな。なので、まだまだこれからという感じですね。

作品情報
『竜とそばかすの姫』

2021年7月16日(金)から全国東宝系で公開

原作・脚本・監督:細田守
メインテーマ:millennium parade × Belle“U”
出演:
中村佳穂
成田凌
染谷将太
玉城ティナ
幾田りら
役所広司
佐藤健
ほか

プロフィール
千陽崇之
千陽崇之 (ちよう たかゆき)

レコード会社、音楽出版社を経て、日本テレビ音楽の制作部に所属。日本テレビが製作する映画作品の音楽プロデューサーとして活動するかたわら、スタジオ地図、日本テレビ、NTTドコモ、KADOKAWAの4社で構成される「スタジオ地図LLP」においても音楽事業を担当。『竜とそばかすの姫』には、スタジオ地図LLPよりミュージックスーパーヴァイザーとして参画。



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