アメリカを夢中にさせたBTS なぜK-POPは海を渡れたのか

今年開催された第63回グラミー賞で、「最優秀ポップ・デュオ / グループ・パフォーマンス」にノミネートされていた韓国の男性アイドルグループBTS。惜しくも受賞は逃したが、アジアの男性グループが映えあるグラミーを賑わせたことは大いなる快挙と言えるだろう。

BTSだけでなく、BLACKPINKやTWICEなど個性的なグループを数多く生み出しているK-POPシーン。まるで映画のように作り込まれたミュージックビデオや、ケレン味たっぷりの楽曲、そして圧倒的なスキルを誇るダンス・パフォーマンスが今、世界中を熱狂させている。そうしたムーブメントの背景には何があるのか。韓国ではいったい何が起きているのか。

今回Kompassでは、そんな「今さら聞けないK-POPの魅力」について、『BTSとARMY わたしたちは連帯する』を翻訳した桑畑優香と、『K-POPはなぜ世界を熱くするのか』を出版した田中絵里菜の両名に解説してもらった。

アメリカでBTSは、「ジャスティン・ビーバーを抜いたすごいグループがアジアにいる」ということで注目を集めました(桑畑)

―そもそもお二人がK-POPに魅了されたのは、どのような経緯だったのでしょうか。

田中:まだ私が学生だった頃、Wonder Girlsの“Tell Me”が韓国で流行っていて、ミュージックビデオのYouTubeリンクを友人が送ってくれたんです。その頃の私は「韓国」といえば『冬ソナ(冬のソナタ)』やヨン様(ペ・ヨンジュン)のイメージで止まっていて、それ以降の音楽のことなどまったく知らなかったので「今、こんなのが流行っているんだ」という驚きがありました。

同時期に活動していたSE7ENや2NE1は、Wonder Girlsのレトロなイメージとはまた全然違っていて。今思えばカムバック後(韓国では、アーティストが「充電期間」を経てプロモ活動をすることを「カムバック」という)のイメチェンだったと思うんですけど、曲ごとにまったく違うイメージを打ち出していくやり方なども、観ていて本当に楽しくて。それでいろいろ調べていくうちにハマっていましたね。

田中絵里菜(たなか えりな)
1989年生まれ。日本でグラフィックデザイナーとして勤務したのち、K-POPのクリエイティブに感銘を受け、2015年に単身渡韓。最低限の日常会話だけ学び、すぐに韓国の雑誌社にてデザイン / 編集担当として働き始める。並行して日本と韓国のメディアで、撮影コーディネートや執筆を始める。2020年に帰国してから、現在はフリーランスのデザイナーおよびライターとして活動。過去に『GINZA』『an·an』『Quick Japan』『ユリイカ』『TRANSIT』などで韓国カルチャーについてのコラムを執筆。韓国 / 日本に留まらず、現代のミレニアルズを惹きつけるクリエイティブやカルチャーについて制作 / 発信を続けている。

―デザイナーでもある田中さんは、K-POPのアートワークについてどんなふうに感じましたか?

田中:最初は見た目の奇抜さに驚いたのですが、SHINeeがリリースしたミニアルバム『ROMEO』(2009年)のアートワークを見ると、メンバーが半目の写真やブレている写真を使っていたり、タイポグラフィが手書きだったり、アートフォームとしてクオリティの高いブックレットが付属していたんです。そのアートワークは最近HYBE(BTSが所属する芸能プロダクション。3月にBig Hit Entertainmentから改名)に移動したミン・ヒジンというビジュアル&アートディレクターが、おそらくまだ20代の時に手掛けていたと思うのですが、『ROMEO』のクレジットを確認したら、若い女性が先導して活躍していてそれも素敵だなと。そこからクリエイターさんのことも調べるようになりました。

Wonder Girls“Tell Me”を聴く(Spotifyを開く

―桑畑さんは?

桑畑:私が学生だった1990年代初頭は、日本にはまだ韓国の文化などほとんど入ってこなかったのですが、留学先のアメリカで韓国人の留学生たちに出会い、彼らから韓国のポップカルチャーを色々と教えてもらいました。

当時はカン・スージーさんという歌手が人気で、あとはドラマ『101回目のプロポーズ』の韓国版リメイクや、『東京ラブストーリー』にインスパイアされたドラマなんかもあって。「これがオシャレなんだよ」と言って見せてくれるのですが、私はピンとこなかったのですよね(笑)。でも、すごくユニークな文化を持った人たちが隣の国にいるのだなと思って。それで韓国へ留学したんです。

桑畑優香(くわはた ゆか)
ライター・翻訳家。1994年に『101回目のプロポーズ』の韓国リメイク版を見て、似て非なる隣国に興味を持ち、韓国へ。延世大学語学堂・ソウル大学政治学科で学ぶ。「ニュースステーション」ディレクターを経てフリーに。ドラマ・映画のレビューを中心に『韓国TVドラマガイド』『韓国テレビドラマコレクション』『韓流旋風』『AERA』『FRaU』『Yahoo! ニュース』などに寄稿。訳書に『韓国映画俳優辞典』(ダイヤモンド社・共訳)、『韓国・ソルビママ式 子どもを英語好きにする秘密のメソッド』(小学館)、『韓国映画100選』(クオン)、『BTSを読む』(柏書房)、『BTSとARMY わたしたちは連帯する』(イースト・プレス)、『家にいるのに家に帰りたい』(辰巳出版)など。

桑畑:それまでの私の韓国のイメージというと、ソウルオリンピック(1988年)があった国だなということと、チョー・ヨンピルさんが“釜山港へ帰れ”(1982年)を歌っていた記憶くらいしかなかったのですが、留学した頃はちょうどソテジワアイドゥル(Seo Taiji and Boys)や、NiziUの生みの親、パク・ジニョン(J. Y. Park)さんがデビューしたばかりで、私の持っていたイメージを覆すようなダンスをしていたんです。「儒教の教えが浸透していて保守的で……」みたいな人たちかと思っていたら、メッシュの服を着て腰を激しく振って踊っていたりして(笑)。あ、面白いな、まだ日本人はほとんど知らないけど、新しい芽がたくさん出てきているんだなと感じましたね。

SHINee『ROMEO』を聴く(Spotifyを開く

―その頃と比べて今のK-POPは、どんなふうに変化したと思いますか?

桑畑:おそらく根っこにあるものは、そんなに変わってないと思うんです。ダンスミュージックを取り入れているのも、メッセージ性のある歌詞を歌っているのもそう。例えばソテジワアイドゥルは、「南北統一」についての歌を歌っていましたから。当時は韓国の軍事政権時代が終わったばかりで、民主化世代がポップカルチャーの表舞台に出始めた頃。それまではデモで拳を振っていた人が、ライブで拳を振るようになったというか(笑)。そういう社会性を持った音楽は、当時も今も変わっていないんじゃないかなと思います。もちろん、K-POPのすべてがそうではないのですが。

Seo Taiji and Boys“Come Back Home”を聴く(Spotifyを開く

―今年、BTSが韓国のポップアーティストとして初めてグラミー賞候補となり、受賞こそ逃しましたが「最優秀ポップ・デュオ / グループ・パフォーマンス賞」ノミネートはアジア初という快挙を成し遂げました。このところのK-POP旋風、とりわけBTSの世界からの注目度の高さは目を見張るものがあります。この現象について、お二人の見解をお聞かせいただけますか?

桑畑:BTSを取り巻く環境が、ここまでの現象になるまでに幾つかの転機がありました。最初は2017年5月、ビルボード・ミュージック・アワードでBTSが「トップ・ソーシャル・アーティスト賞」を受賞したこと。そこで初めてジャスティン・ビーバーを抜いて1位になったことで、メディアに大きく注目されました。

ただ、そのときはまだアメリカ人はBTSについてほとんど何も知らない状況だったんです。とにかく「ジャスティンを抜いたすごいグループがアジアにいる」ということで注目を集めたわけですね。

BTSの躍進は、アジアに対するアメリカ人の考え方に変化が起きつつあることも大きいのかなと思います(田中)

―「トップ・ソーシャル・アーティスト賞」は、インターネット上での影響力を示すビルボードの「ソーシャル50」チャートでのランキングやファン投票を基に選定されるもの、つまりネットやファン投票での盛り上がりがまずあったと。それは具体的にどのようなものだったのでしょうか。

田中:マスメディアの報道によって注目される以前から、すでにアメリカに存在していたファンダム(熱心なファン、または熱心なファンにより形成されたカルチャー)が、「スミン」と呼ばれる活動(ストリーミングで動画や音源を連続再生すること)を行っていました。BTSの楽曲がラジオでたくさんかかるようにみんなでリクエストしたり、チャートのランキングを上げるためにストリーミングの再生をしたり。それによって、アメリカのマスの人たちも無視できないような現象が起きていったのではないかと。

桑畑:同年11月には、アメリカン・ミュージック・アワード(AMAs)にも出演を果たします。BTSのパフォーマンスが始まると、大歓声とともにスタンディングオベーションが巻き起こり、来場していたセレブたちが踊り出す姿がテレビに映し出されました。「この人たちは一体誰?」と、そこでまた注目されたわけです。『エレンの部屋』(アメリカ版『徹子の部屋』みたいな番組)に出演したときなど、例えばRMさん(BTSのメンバー)は英語も堪能ですから通訳なしでも話すことができる。それで、タレントとしての地位も徐々に確立していったのかなと思いますね。

極めつきは初めて全編英語で歌った“Dynamite”(2020年)の大ヒットです(ビルボードチャートで2週連続1位を獲得)。ラジオでも頻繁にオンエアされたりして、字幕などを見ないアメリカ人たちも「BTSの曲はいいよね、僕らの感性に合っている」と認知し、老若男女が聴くようになっていったのだと思います。

BTS“Dynamite”を聴く(Spotifyを開く

田中:K-POPのなかで、BTSだけがアメリカでなぜここまで流行ったか、結局理由を断定することはできないと思うのですが、桑畑さんが今おっしゃったように、やはり歌詞が普遍的で、海外の人たちにも分かりやすいことは大きかったと思います。他のK-POPのアーティストは、特にここ最近コンセプトがかなり複雑に作り込まれているため、初見だと入りにくいところもあるのですが、BTSの場合は「青春」や「成長」がテーマになっていたり、抑圧された社会に対するメッセージを歌っていたり、誰もが共感しやすい要素がたくさんあるんですよね。

それと、これはBTSに限らないのですが、K-POPアーティストは環境問題や差別の問題について積極的に考えていたり、社会貢献に取り組んでいたり、あるいは「多様性」や「セルフラブ(自己愛、自己肯定)」などZ世代に刺さるテーマを歌っていることが多いんです。昨今、アジアの映画が認められつつある状況とも似ていますが、アジアに対するアメリカ人の考え方に変化が起きつつあることも大きいのかなと個人的には思っています。

―なるほど。いずれにせよファンダムの影響力を抜きに語れない部分が多そうですね。

田中:そう思います。韓国では、自分が応援するアーティストのカムバ時期に、音楽番組で1位になることを目指してファン投票したり、スミンしたりCDを買ったりしているのですが、そうしたファンダム活動をアメリカに住むARMY(BTSのファンのこと)たちも受け継いだことが、「トップ・ソーシャル・アーティスト賞」の結果に大きく影響したのだと思いますね。

桑畑:日本だと、いわゆる「賞レース」も偉い人たちが決めることが多いじゃないですか。韓国では、毎週やっている音楽番組もファン投票、しかもネットによる投票が浸透しているんですよね。

それともう一つ、ジャパニーズカルチャーや東アジアのカルチャーが好きな人たちが、かなり前から世界中に存在していて。そういった人たちが初期のK-POPファンになった背景もあるのではないかと。アニメのYouTubeを見ていたら、関連動画でK-POPのミュージックビデオが出てきて、クリックしてみたら映画のような世界観で歌っているから面白くなって見ていくうちに、どんどんハマってしまったという人も多いようです。

LOONA“Why Not?”

―そういう、昔から点在していたファンたちがインターネットで繋がったのも大きいでしょうね。例えば、ちょっと前の世代だと非英語圏の文化が英語圏で勝負するには「言葉の壁」が常に立ちはだかりましたが、そういったものもネットの普及やデジタルテクノロジーの進化により、軽々と乗り越えているように感じます。

桑畑:おっしゃる通りです。最近は、公式のミュージックビデオに英訳詞が付いていることも多いですし、ネットの情報なら韓国語でもワンクリックで自動翻訳できる。『BTSとARMY わたしたちは連帯する』や田中さんの著書『K-POPはなぜ世界を熱くするのか』でも紹介されていたように、ファンダムの中にはミュージックビデオに勝手に翻訳リリックを付けたり、韓国語の情報を様々な国の言語に翻訳したりしている人もいるので、あっという間に世界中に広まっていく。それと、K-POPにはダンサブルかつシンプルな英語でサビを歌う曲が多いから、踊りながら口ずさんでいるうちにいつの間にか夢中になっていた、みたいなこともあるようです。

[Produce 101] The Dance Avengers! “BANG BANG”

韓国のアイドルたちは、SNSを使ってファンと密なコミュニケーションを取っているために、お互いの距離が近過ぎてしまう面もあります(田中)

―田中さんの著書にも書かれていましたが、ファンダムによるそうした様々な普及活動が、K-POPビギナーをあっという間に「沼らせる」ことに一役買っている気がします。

田中:さっきお話ししたように、韓国では推しのアーティストがカムバ時期に入ったとき、毎日の音楽番組でいかに1位を獲得させられるかがファンダムのミッションなんですよね。ライブやイベントがあれば花輪や米俵を送ったり、誕生日の時にファンダムでお金を出し合って街頭広告を打ったり。アーティストに「贈り物」をするというよりは、アーティストを自分たちの手で「サポート」する、自分たちが広報担当として活動しています。日本だと事務所やレーベルの制約もあるし、そこまでできないですよね。楽曲を丸々フル尺で使って解説動画を上げたり、コピーしてダンス動画を上げたり、そういう素人の投稿を一々削除せずに「みんなでシェアして楽しもうよ」という空気があるのは大きいと思います。

BTS“Life Goes On”を聴く(Spotifyを開く

桑畑:インタラクティブな流れが出来ていますよね。例えば韓国ドラマでもそういった流れが昔からあります。ファンが気に入らないと放送局にクレームやリクエストを入れて、それであらすじが変わっていくとか(笑)。作り手と受け手がとても近くて、それを楽しんでいるところもあるのかなと。

―インタラクティブといえば、日本でも例えばAKBグループの「総選挙」のような、ファン参加型のイベントがあったり、所謂オーディション番組も1990年代からあったりしました。これらが韓国のエンタメに影響を与えた部分もあるのでしょうか。

田中:それは相当あるみたいです。今回、著書の中で色々なK-POP関係者に取材をしたのですが、韓国で流行っているオーディション番組『PRODUCE 101』もAKBの投票システムを取り入れているし、ティザー映像(リリースまでにアルバムの全貌を徐々に明かしていく予告動画)も元々はavexのスポットCM、例えば倖田來未さんが2か月かけて全12曲の新曲の全貌を見せていった手法などを模倣していると言っていました。

WINNERのデビューアルバム『2014 S/S』のティザー

田中:そういう日本独自のシステムを、韓国のフォーマットにどう落とし込むかを考えた結果、SNSを活用したり、新たなアプリやプラットフォームを導入したりしているのだと思いますね。それで、K-POPならではの文化が形成されていった例はたくさんあるんじゃないかなと思います。

―影響を与えていたはずの日本のエンタメシステムが、今やすっかり韓国に追い抜かれてしまったのはなんだか皮肉にも感じてしまいます(笑)。

田中:日本の場合はマスメディアの影響力がとても大きいのですが、韓国はそこまで芸能事務所がマスメディアに力を持っていなくて、ニューメディアに頼るしかない背景もあり、それがうまく時代に合っていたのかなとは個人的に思います。それと、一つの成功例が生まれたときに、韓国の場合はみんなこぞって同じ方向を向いて進んでいくところがあって。日本の場合、例えばジャニーズのノウハウを他の事務所がやろうとはしないじゃないですか。韓国の場合は例えばSMエンターテインメント(東方神起、少女時代、SuperMなどが所属する芸能プロダクション)が成功したら、他の事務所も模倣するから、国内でライバルが多くてその結果クオリティが上がっていく部分も大きいと思います。

桑畑:発信の仕方が韓国は上手なのだと思いますね。最近はそうでもなくなりましたが、ちょっと前までジャニーズはネットに画像を上げることも厳しく規制していたり、ミュージックビデオもフル尺では流さなかったりしたじゃないですか。そうすると、遠い国にいるジャパニーズカルチャー好きの人に最新の情報が届かないことも多いんですよね。その点、韓国は早い段階でガンガン映像を解禁したりして。そうするとファンの間で拡散しやすいのだと思います。

―ファンダムが大きな影響力を持つことは、K-POPを世界中に広めるメリットがある一方、問題点もあるような気がします。日本のマネジメントが規制を厳しくしているのは、自分たちの既得権益を守るだけでなくアーティストの権利を守るためでもあると思うのですよね。そのあたりはどう考えますか?

田中:自分たちが声を上げたことによって、イベントを中止にさせたり一度決まったことを覆したり、そういう成功体験をファンダムたちが得たことで、「自分たちこそ正義」となって暴走してしまうケースはあると思います。以前なら、例えば自分が「気に入らない」と思ったらそのグループの応援をやめるだけの話だったのが、今まで買ったグッズを全て事務所に送りつけるなど、ちょっと行き過ぎた行為が一部では起きているようです。さっきお話しした『PRODUCE 101』の影響もあると思うのですが、「あなたたち視聴者こそがこの番組のプロデューサーです」と言われたことで、常にプロデューサー目線でアーティストを見たり、何か行動を起こしたりするようになったのは、良い部分と悪い部分の両方があるなと感じます。

日本のアイドルたちと違って韓国のアイドルたちは、SNSを使ってファンと密なコミュニケーションを取っているために、お互いの距離が近過ぎてしまう面もあります。遠く離れたところにいるファンとアーティストを繋ぐ便利なツールである一方、アイドルにかかる負荷もかなり大きいですよね。そこはファンももう少し考えなければいけないところ。事務所は事務所で、アーティストにどこまで話させるのかコントロールすべきだとも思っています。

桑畑:以前は遠くから眺める存在だったのが、友達みたいな感覚になってきていて。すごくいいことでもあるけど、最近は変な噂があっという間に広がったり、過去にまで遡って言動を咎められたり。それもファンダムが、ここまで大きくなった弊害の一つなのかなと思います。アーティストに対して心のケアを充分にする必要がありますし、最近は韓国でも誹謗中傷に対して法的な手段を取る事務所が増えてきました。今後、そういった対処法はより大きな課題になっていくでしょうね。

ビジネスモデルは韓国を大いに参考にしつつ、日本は日本独自の音楽をそのまま発信していくべき(桑畑)

―ところで、今年4月にBTSがback numberとのコラボ曲“Film out”をリリースしました。これまでもK-POPアーティストは、日本語や中国語の歌詞を歌うといったローカライゼーションを積極的に行ってきました。それがサブスクによって、今度は世界中で聴かれるといった現象が起きていますが、そのことについてお二人はどのように感じますか?

田中:私がK-POPにハマった10年くらい前とは、ローカライゼーションの意味合いもちょっと変わってきているのかなと個人的には思っています。例えばBoAや少女時代、東方神起がやっていたのは完全に日本のマーケットに向けたローカライゼーションで、歌詞だけでなくファッションやアートワークも含めて日本で売るための展開方法でした。

でも最近のK-POPが日本語で歌うのは、昔みたいに完全に日本に寄せようとしているわけではないというか。今はネットで海外にも同時に情報を流せるので、カルチャーに時差がなくなっていきていますよね。「日本で流行っていて韓国で流行っていない」とか、あるいはその逆といった格差が、ファッションも音楽も昔ほどありません。もちろん、海外のアーティストが自分の国の言葉で歌ってくれたらファンとしては嬉しい気持ちもありますが。

BTS“Film out”を聴く(Spotifyを開く

―「日本に寄せる」というよりは、どちらかというと日本語の響きの良さ、日本っぽさを「要素」として自分たちの世界観に取り入れ、同時に世界へ発信していくような感覚なのかも知れないですね。

桑畑:おっしゃる通りだと思います。今回の“Film out”もローカリゼーションというよりはコラボレーションという感じがしますし、対等に音楽を作る時代に来ているように思いますね。それは、日本のアーティスト側も今までなかなか出来なかったところでもあるので、お互いにすごく健全だなと思っています。アメリカに住むARMYによると、最近はCDショップへ行くとBTSの作品が一番いい棚に置いてあって、そこには日本語版のBTSのCDも並んでいるんですって。意外なところで波及効果が出てきて、また新しい音楽の楽しみ方、ビジネスのあり方が出てきているのかなと思いましたね。

―ビジネスといえば、昨年のコロナ禍でエンタメ業界は大打撃を受けて、大きなパラダイムシフトが起きています。田中さんは著書の中で、「韓国のビジネスモデルは、これからの日本にとって大きなヒントになる」と書かれていました。

田中:日本はコロナになってからUberEatsが急に流行ったりオンラインライブが始まったりしていましたが、実は韓国のマーケットは、コロナ禍になる以前から今の状況に適した環境が整っています。例えば昨年4月には、すでにBeyond Liveというオンラインライブを始めていて。しかもただ映像を流すだけではなく、VRやARといった技術をどんどん取り入れ、チャット機能も搭載しファンとコミュニケーションも取れるようにしていました。日本はそこまでの体制を整えるのに、結構時間がかかっていたと思うんですよね。

―なぜ韓国は、オンラインの環境をそんなに早く整えられたのでしょうか。

田中:「海外に広まったK-POPのファンを楽しませるために、どういうコンテンツやプラットフォームが必要なのか?」ということを、コロナの前からずっと考えていたので既に準備が完了している状態だったからだと思います。韓国のアーティストが日本によく来るのも、キャパの大きなライブ会場が韓国よりもたくさんあり、ツアーをした時の収益が比べ物にならないくらい大きいからなのですよね。そのくらい日本のマーケットは大きいので、海外に出なくても国内で充分回してこられたわけです。そのため、ネット配信によって国内のコンテンツを海外に広めていこうという意識がそもそも低かった。その違いはあると思います。

桑畑:今、田中さんがおっしゃったこと以外でも、例えばソングキャンプ(複数のコンポーザーが集まってコライトすること)も今はオンラインで出来るようになりましたよね。きっとBTSとback numberのコラボも膝を突き合わせてではなくオンラインで制作していったのではないでしょうか。今後、そういうシステムがますます発達していくと思いますし、今のところ最先端にいるのが韓国という気がしますね。

―韓国のマーケット、ビジネスモデルをずっと見てこられたお二人は、今後日本はどうしていったら良いと思いますか?

田中:とりあえず間口を広げて入りやすいよう無料コンテンツを増やすなど、ファンが言語や時間に制約されず楽しめるコンテンツを提供するというのは、一つ見習える部分なのかなと思います。ただ、これまでポジティブに作用してきた韓国の制約の少なさや緩さが、契約や賃金の面でアーティストにしわ寄せがいくなど少しずつ破綻してきてはいるんですよ。逆に日本はサブスクが浸透してきたことによって、ビジネスモデルも徐々に変わってきていますし、今まさに両国ともターニングポイントにあるのかなと思います。

―ある意味、今は日本にとってチャンスなのかも知れないですね。

田中:今まで日本は権利を大事していたからこそ、利益を出していたところもあるので、それをいきなり手放すのはなかなか難しいとは思うのですけどね。

桑畑:個人的には日本のアーティストも世界に出たらいいなあと思いつつ、K-POPの一部みたいな感じで出ていく必要も別にないかなと思うんですよね。例えばLiSAさんの歌う『鬼滅の刃』のオープニングテーマ曲“紅蓮華”は、海外でもかなり再生されていますよね。米津玄師さんの“Lemon”や、YOASOBIの“夜に駆ける”もそう。ビジネスモデルは韓国を大いに参考にしつつ、日本は日本独自の音楽をそのまま発信していくべきかなと。

―確かにそうですね。

桑畑:やはり日本はアニメが強いんですよね。海外では30年くらい前から、もはやニュースにもならないくらい定着しています。例えば、『鬼滅の刃』にしてもそうですが、日本が持っている強いコンテンツと合わせて日本の音楽を世界に出していく。韓国のような「バリアフリーのプラットフォーム」が日本に必要な時代が来たのかなと思います。そこでアニメを観た人がアニソンを好きになったり、そこからJ-POPのど真ん中にハマったりすることもあるかも知れない。そんな化学反応が起きる時を楽しみにしています。

『K-POP Fresh』を聴く(Spotifyを開く

プロフィール
田中絵里菜 (たなか えりな)

1989年生まれ。日本でグラフィックデザイナーとして勤務したのち、K-POPのクリエイティブに感銘を受け、2015年に単身渡韓。最低限の日常会話だけ学び、すぐに韓国の雑誌社にてデザイン / 編集担当として働き始める。並行して日本と韓国のメディアで、撮影コーディネートや執筆を始める。2020年に帰国してから、現在はフリーランスのデザイナーおよびライターとして活動。過去に『GINZA』『an·an』『Quick Japan』『ユリイカ』『TRANSIT』などで韓国カルチャーについてのコラムを執筆。韓国 / 日本に留まらず、現代のミレニアルズを惹きつけるクリエイティブやカルチャーについて制作 / 発信を続けている。

桑畑優香 (くわはた ゆか)

ライター・翻訳家。1994年に『101回目のプロポーズ』の韓国リメイク版を見て、似て非なる隣国に興味を持ち、韓国へ。延世大学語学堂・ソウル大学政治学科で学ぶ。「ニュースステーション」ディレクターを経てフリーに。ドラマ・映画のレビューを中心に『韓国TVドラマガイド』『韓国テレビドラマコレクション』『韓流旋風』『AERA』『FRaU』『Yahoo! ニュース』などに寄稿。訳書に『韓国映画俳優辞典』(ダイヤモンド社・共訳)、『韓国・ソルビママ式 子どもを英語好きにする秘密のメソッド』(小学館)、『韓国映画100選』(クオン)、『BTSを読む』(柏書房)、『BTSとARMY わたしたちは連帯する』(イースト・プレス)、『家にいるのに家に帰りたい』(辰巳出版)など。



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