荏開津広×渡辺志保のラップ詞談義 混沌の時代に響くリリック

荏開津広×渡辺志保のラップ詞談義 混沌の時代に響くリリック

インタビュー・テキスト
久野剛士(CINRA.NET編集部)
撮影:寺内暁

コロナウイルスにより、世界に大きな変化が訪れた。人々の生活も、経済状況も大きな変化が求められている。さらに、ミネアポリスでのジョージ・フロイド事件を受け、ますます混迷を極める現代に、どんな言葉が届くのだろう。

世界の音楽シーンに精通するライター渡辺志保と、多彩なカルチャーに横断的な視点を向ける荏開津広による対談の第5回は、「今の時代に響くラップ詞」という視点で、ラップのリリックを語り合う。

ラップとは「自身の美学を歌う音楽」だと思いました。(渡辺)

―ラップが「メッセージ性が強い音楽」というイメージで語られる理由は、どんな点にあると思いますか?

荏開津:やっぱりパブリック・エナミー(Public Enemy)が大きいと思います。ただ、私自身はその前からラップを聴いていて。そのときはイングリッシュネイティブの友人にも、ラップを「歌詞に意味がない」「幼稚だ」といわれていましたね。もちろん、いい曲もあるけど、その多くは「女の子とデートする」「俺はこんなにモテて」「金稼ぐ」みたいなリリックだから、意味がないよね、と。そのあとでパブリック・エナミーが出てきてすごいもてはやされたんです。

パブリック・エナミーって、まずロックリスナーやロックジャーナリズムがすごく持ち上げたんですよね。“Fight The Power”のMVもデモを模していてインパクトがあるから、今でもよくイメージに使われるけど、実は私自身は色々疑問があってインタビューの際に質問したことがあります。

『This is Public Enemy』プレイリストを聴く(Spotifyを開く

―それはなぜなんでしょう?

荏開津:当時美大生でグラフィックデザインを勉強していたチャックDは大学でラジオ局をやっていて、公民権運動や特にブラック・パンサーのイメージとラップを結びつけたのは歴史に残るイノベーションであり、彼らが重要であることは疑いありません。ただ、個人的にはそれまでの「街のお兄さんお姉さん」がやっていたラップの方向性とは異なるもので、そこに違和感があって直接質問したんですが、「アフリカン・アメリカンの歴史を知っているのか?」と詰められました。今ではTwitter相互フォローしてもらって、勝手に許されたことにしていますが、とても恥ずかしいですね。

渡辺:教育とエンターテイメントを融合させた<エデュテインメント>を啓蒙していたKRS・ワンという大きな存在もいますが、彼が所属していたブギ・ダウン・プロダクションズ(Boogie Down Productions)とパブリック・エナミーは、全然異なる聴かれ方だったんですか? 荏開津さん世代の方の話を聞いていると、みなさんが割と(パブリック・エナミーより)KRS・ワンに強い共感を抱いている印象があります。

荏開津:私もBDPがより好きでした。どちらも共通してマルコムXや公民権運動のようなトピックを取り入れてるけど、よりストリートの香りが漂ってきます。ただ、当時のロック・ジャーナリズムはパブリック・エナミーを「これこそがラップなんだ」といった持ち上げ方をしていたんです。だから不思議だったんです。でも今振り返れば分かります。現在のブラック・ライブズ・マターとも繋がりますが、P.E.はロックから聞くとその核にあった「運動」的な側面と親和性があったんですよね。

『This Is Boogie Down Productions』プレイリストを聴く(Spotifyを開く

荏開津広(えがいつ ひろし)<br>執筆 / DJ / 京都精華大学、東京藝術大学非常勤講師、東京生まれ。東京の黎明期のクラブ、P.PICASSO、MIX、YELLOWなどでDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域で国内外にて活動。2010年以後はキュレーション・ワークも手がける。
荏開津広(えがいつ ひろし)
執筆 / DJ / 京都精華大学、東京藝術大学非常勤講師、東京生まれ。東京の黎明期のクラブ、P.PICASSO、MIX、YELLOWなどでDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域で国内外にて活動。2010年以後はキュレーション・ワークも手がける。

渡辺:荏開津さんがおっしゃったように、本来ラップは街のお兄さんお姉さんのもので、パーティーが主体となるものだったはずですよね。でも、私たち日本人はその点にポジティブな印象を抱きにくいのかもしれません。ほかに、荏開津さんが同時代に好きだったラッパーは誰だったんですか?

荏開津:ア・トライブ・コールド・クエスト(A Tribe Called Quest、以下「ATCQ」)やジャングル・ブラザーズ(Jungle Brothers)、MFドゥームがいたKMD、初期のN.W.A.、スクーリー・D(Schoolly D)……なんでも好きでした。ATCQはヒップホップ史の偉大なグループという感じですが、"Check The Rhyme"は<リンデン通りでいつもライムをキックしてた>で始まってて、リリックを聞きながら考えると「ただの近所の地名?」とか思ったり、あと「レコード会社と軋轢があったけど……」みたいに、自分の身に起きた生活のことをラップしていて等身大のスタンスだな、と。

音楽好きの仲間内のジョークのようなものや「P.T.A.」についてラップに乗せているグループもいたり、日本人でもアメリカ人でも関係なく入っていけるような気がしました。私は学校にいた頃からDJをしていましたが、逆にギャングスタラップはリスナーとしては好きでも、あまり上手くDJのプレイに取り入れられませんでした。トゥー・ショート(Too $hort)とか大好きだからプレイしたりするけど、セット全体にはまらなかった。

リリックの意味をなるべく繋げてプレイするようにしていたというのもありますが、考え過ぎなだけだったのかもしれないと、これも思い出すと恥ずかしいです。

『This Is A Tribe Called Quest』プレイリストを聴く(Spotifyを開く

―渡辺さんは、ラップを聴き始めたときのリリック世界の印象はいかがでしたか?

渡辺:私が「ラップ」として初めて聴いたのは、2パック(2Pac)の『All Eyez On Me』で。まさに荏開津さんが躊躇されていたギャングスタラップですね。私は当時、中学生なのでなにを語っているか、詳細まではキャッチできなかったんですけど、アートワークを含め、彼らの「美学」みたいなものはビンビンに感じたんです。そこでラップとは「自身の美学を歌う音楽」だと思いました。

2Pac『All Eyez On Me』を聴く(Spotifyを開く

渡辺:そのあとすぐにリル・キム(Lil' Kim)やミッシー・エリオット(Missy Elliott)がブレイクした時期が重なるんですけど、「女性がこんなことを歌っていいんだ」と驚きましたね。それが自身の原体験としてあります。当時、J-POPのヒットソングといえばほとんど恋愛の曲で。しかも、多くの場合、謳われているのは受け身の女性像でした。失恋してメソメソしていたり、片思いで相手が振り向くのを待ち続けていたり。もちろん、私自身も安室奈美恵さんなど好きなアーティストがいたり、J-POPも好きな曲がたくさんあったりします。ただ、その感覚でミッシーやリル・キムのCDに入っていた対訳を読むとビックリしたんですよね。

男性のラッパーと同じように、セクシャルなことを堂々と歌っていて、その主導権を彼女たち自身が握ってるんです。自分の好きな男の条件を挙げて、それに見合わない男はもう願い下げ、みたいな。「ほかはどうあれ、私は私だ」という主張もあって、アメリカと日本で女性アーティストの歌詞の違いをありありと感じました。

渡辺志保(わたなべ しほ)<br>音楽ライター。広島市出身。主にヒップホップ関連の文筆や歌詞対訳に携わる。これまでにケンドリック・ラマー、A$AP・ロッキー、ニッキー・ミナージュ、ジェイデン・スミスらへのインタヴュー経験も。共著に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門」(NHK出版)などがある。block.fm「INSIDE OUT」などをはじめ、ラジオMCとしても活動中。
渡辺志保(わたなべ しほ)
音楽ライター。広島市出身。主にヒップホップ関連の文筆や歌詞対訳に携わる。これまでにケンドリック・ラマー、A$AP・ロッキー、ニッキー・ミナージュ、ジェイデン・スミスらへのインタヴュー経験も。共著に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門」(NHK出版)などがある。block.fm「INSIDE OUT」などをはじめ、ラジオMCとしても活動中。

荏開津:『ギャングスタラップの歴史』という本がありますよね。その表紙に「偉大なアメリカン・アートフォームの登場」と書かれていますけど、1990年代半ばから、そうしたジェンダー、セックスについての感覚は、ギャングスタラップへの受け止め方と共に劇的に変わったなと思います。

2パックが出てきたくらいで変わりましたが、それまでのギャングスタラップはポップソングという感覚ではなかったと思います。言葉が汚いし、警察を嘲るでしょう? 眉をひそめていた人も多かったと思います。たとえばゲトー・ボーイズ(Geto Boys)ってヒップホップの歴史からするとすごく重要なグループですけど、出てきた当時に日本ですごく評価していたラッパーやDJは亡くなったECDさんとあと少数だったのではないでしょうか?

アメリカから海外にもそのよさを「美学」として伝えられるようになったのは2パックたちの活躍が大きいと思います。たとえば2パックの「T.H.U.G.ライフ」のタトゥーが実は「The Hate U Give Little Infants Fucks Everyone(幼な子へのお前の憎悪がみなをぶち壊す)」という意味という話ですし、2パックの名づけ親のアサータ・シャクールはブラック・パンサー党の有名な活動家で、2パック自身もギャングスタというかフッドの暮らしと、そうした政治的な背景を結びつけ「美学」にしました。

『This Is Geto Boys』プレイリストを聴く(Spotifyを開く

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プロフィール

荏開津広(えがいつ ひろし)

執筆 / DJ / 京都精華大学、東京藝術大学非常勤講師、RealTokyoボードメンバー。東京生まれ。東京の黎明期のクラブ、P.PICASSO、MIX、YELLOWなどでDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域で国内外にて活動。2010年以後はキュレーション・ワークも手がけ、2013年『SIDECORE 身体/媒体/グラフィティ』より、ポンピドゥー・センター発の実験映像祭オールピスト京都ディレクター、日本初のラップの展覧会『RAP MUSEUM』(市原湖畔美術館、2017年)にて企画協力、Port Bの『ワーグーナー・プロジェクト』(演出:高山明、音楽監修:荏開津広 2017年10月初演)は2019年にフランクフルト公演好評のうちに終了。翻訳書『サウンド・アート』(フィルムアート社、2010年)、『ヤーディ』(TWJ、2010年)。オンラインで日本のヒップホップの歴史『東京ブロンクスHIPHOP』連載中。

渡辺志保(わたなべ しほ)

音楽ライター。広島市出身。主にヒップホップ関連の文筆や歌詞対訳に携わる。これまでにケンドリック・ラマー、A$AP・ロッキー、ニッキー・ミナージュ、ジェイデン・スミスらへのインタヴュー経験も。共著に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門」(NHK出版)などがある。block.fm「INSIDE OUT」などをはじめ、ラジオMCとしても活動中。

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