山口百恵と松田聖子 二人に通底する、歌詞と人生の相互作用

山口百恵と松田聖子 二人に通底する、歌詞と人生の相互作用

2020/06/05
テキスト
栗原裕一郎
編集:久野剛士(CINRA.NET編集部)

山口百恵と松田聖子。二人に共通した、歌い手と詞の相互作用

1970年代を象徴する百恵と、1980年代を象徴する聖子。二人は常に比較されてきた。百恵の引退が発表されると、ポスト百恵を狙った、百恵のイメージを踏襲したアイドルが多数送り出されたが、結局その座に収まったのは、百恵とは何から何まで対極的な聖子だった。この見事なコントラストが比較したい欲望を煽った面は大いにあっただろうし、比較は正当なものだったとも思う。

しかし、「歌謡曲というフィクションと歌手」という観点から見ると、二人は意外と似ていたのではないかとも思えてくる。

小倉千加子は『増補版 松田聖子論』(この本の半分は実は山口百恵論である)に、「百恵は、生身の成長にあった歌を歌っていったのではなく、歌の詩にあわせて『成長』していったのです」と書いている。とりわけ“横須賀ストーリー”に「私自身の歌」を見出して以降の彼女の成長はそうだったという。

松本隆はあるインタビューで松田聖子について、「彼女の場合は僕が書いた詞を何百回、何千回って歌っていると思うのね。それで、詞のキャラクターが自分の性格とごっちゃになっていった気もする。それはちょっと不思議な感覚ですね」と語った。聖子が詞を受け取るたびに「どうして私の思っていることがわかるの?」と驚いていたというエピソードを、松本は何度か披露してもいる。聖子もまた「歌の詩にあわせて『成長』していった」のだ。

小倉の『増補版 松田聖子論』は一貫して、松田聖子の歌う詞=松田聖子の思想と見るスタンスで書かれている。冒頭で触れた、歌の主人公を歌手本人と錯誤するトラップである。実際、そうした指摘が刊行後、多数寄せられたと「文庫版あとがき」で述べられている。

だが、と小倉はいうのだ。私は山口百恵が「自分が演じているところのものそのものに変貌していく過程をつぶさに観察してしまっていた。 / 現在、松田聖子という個人の中で公と私の壁は溶け去り、彼女の私的な存在性が彼女の作品のメッセージを完全に体現しているのは誰の目にも明らかである」と。

詞が彼女たちに変化を及ぼし、その変化が詞に反映され、といった相互作用が起こっていたことは容易に想像できる。だが、どこからどこまでが本当の彼女たちだったかなんて分解することはできないし、することは無意味だ。彼女たちの本当の姿は、徹頭徹尾、「作り手、歌い手の角逐」というフィクションの中にしかないのだ。それが歌手という存在の宿命であり、彼女たちの真実は、逆説的にも、歌の中にこそ実現されているのである。

『昭和ポップス』プレイリストを聴く(Spotifyを開く

Page 3
前へ

リリース情報

「This Is 山口百恵」プレイリスト

サービス情報

Spotify「シンガロング」機能
Spotify「シンガロング」機能

歌詞を表示して歌の世界観を味わったり、ボーカル音量をおさえて好きな曲を一緒に歌うこともできる。

感想をお聞かせください

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
回答を選択してください

ご協力ありがとうございました。

Category カテゴリー

What's "Kompass" ? コンパスとは

「Kompass」は、ネットメディア黎明期よりカルチャー情報を紹介してきたCINRA.NETと、音楽ストリーミングサービスの代表格Spotifyが共同で立ち上げた音楽ガイドマガジンです。ストリーミングサービスの登場によって、膨大な音楽ライブラリにアクセスできるようになった現代。音楽の大海原に漕ぎだす音楽ファンが、音楽を主体的に楽しみ、人生の1曲に出会うガイドになるようなメディアを目指し、リスニング体験を交えながら音楽の面白さを紹介しています。