ズーカラデルの歌が掬う、世間のカテゴライズに押し殺された声

シンプルなロックンロールだ。オーソドックスな3ピースバンドだ。そのはずなのに、このメロディとサウンドは魔法のように一瞬にして目の前の景色を変える。実は全然シンプルじゃない、生活の平凡さを実感しながらも一筋の光と魔法を求めるこんがらがった心模様を彩りに変えて歌い鳴らす楽曲。実は全然オーソドックスじゃない、ロックバンドというよりも楽団が行進していくように聴こえるリズムと音の重なり。何より、ロックバンドでありながら従来のロックのセオリーにまったく沿っていないスケールの大きなメロディがとんでもなく素敵だ。なんの変哲もないオーセンティックなスタイルの中に、驚くほど多くの独創と創造と想像が詰まっている。それがズーカラデルというバンドだ。

昨年7月に初のフルアルバム『ズーカラデル』をリリースし、彼らの名を全国の音楽ラヴァーズに知らしめた“アニー”をはじめ、そのポテンシャルが全解放された。スペースシャワーが主催し若手バンドの登竜門となっている『スペースシャワー列伝 JAPAN TOUR』への出演も決定し、あとは飛ぶだけとなった今である。どうして彼らの歌はこんなにも胸を掴んで離さないのか、たったそれだけを知りたくて、たったそれだけを語り合いたくて行ったインタビューが下記だ。

<ねえ 素晴らしくないけど / 全然美しくないけど / YOU AND I 泥だらけの / 僕らの世界を歌え 何度も>(“アニー”)。心で泣きながら顔で笑うような一節だ。不味かった昼飯や意味のない夜更かし、生産性のなかった時間たちは本当に意味がなかったものなのか? 名前のつかない時間たちは誰にも見つからないだけでそのまま消えてしまうのか? ああ自分はダメだなあと言い訳するためじゃなく、自分の存在をどうにか愛して生きていくためにはどうしたらいいのか? 吉田崇展が歌う、世界の真ん中からあぶれた言葉やモノたち。その背景にある想いを、たっぷりとどうぞ。

悲しいんだか嬉しいんだかわからない、グレーの部分を描けている音楽は素晴らしい。

―吉田さんは、どうしてこんなに素敵なメロディが書けるんですか。

吉田:はははは、いきなりですか(笑)。うーん……どうしてなのか……でも、自分では普通のメロディだと思ってるんですよ。今まで長い間J-POPや日本の歌を聴いてきて、「綺麗な旋律だな」って思った感じを自分も出したいと思って曲を作っていて。そういう意味で、ごく普通と思われている曲を書いてるつもりなんです。もちろん、自分自身が大好きだと思える曲を作っている自信はあるんですけど。

ズーカラデル『ズーカラデル』(2019年)を聴く(Spotifyを開く

―日本の音楽と言ってもいろいろあるし、世代的にも1990年代のJ-POPを通過してきたこともわかるんですけど。吉田さんの場合、素敵だと思うのはどういう音楽だったんですか。

吉田:エッジの立った活動をしている人なのに、音楽の中ではポップネスも持っている――そういうふうに、一面だけで語ることができないものに惹かれてきた傾向はありますね。あるいは、嬉しいんだか悲しいんだかわかんないような、いろんな感情が混ざっていて「これに名前をつけるとしたらなんなんだ?」って思っちゃうものにグッとくることが多かった。

最近まで地元(北海道)の実家に住んでたんですけど、よく母親と夜中に音楽を聴きながら、「この曲は何がいいのか」みたいな話をよくしていたんですね。その中でよく挙がっていたのが、「やっぱりグレーの部分をちゃんと描けている音楽は素晴らしい」っていうことだったんです。それは音楽を聴く時も音楽を作る時でも、自分にとって重要な部分になってますね。

ズーカラデル
左から:鷲見こうた(Ba)、吉田崇展(Vo,Gt)、山岸りょう(Dr)
北海道・札幌発のロックバンド。2015年、吉田崇展が中心となって「吉田崇展とズーカラデル」を結成。2017年9月に1stミニアルバム『リブ・フォーエバー』を発売し、改名。2018年に現体制となり、2ndミニアルバム『夢が醒めたら』を発売。2019年7月10日、1stフルアルバム『ズーカラデル』を発売。

―まず、お母さまと音楽について日頃から語り合うくらい、音楽は自然と生活の中にあったんですか。

吉田:テレビでよく音楽番組を見る家庭っていうくらいだったんですけど。家にレコードが何枚もあってっていう感じでもないし、僕自身も、音楽のルーツを深く掘り下げるようなタイプでもなくて。ただただ「音楽って楽しいなあ」くらいで育ってきたと思います。

―意外です。オーセンティックなロックンロールとしての印象を受ける一方、旋律にはロックバンドの王道と違うものがたくさん詰まっていると感じるんです。シンプルに聴ける楽曲の中でも、メロディの動きと楽曲の抑揚がめちゃくちゃ豊かで。

吉田:一体なんなんでしょうね?(笑)……自分の背景を思い返してみると、バンドの音楽を最初に意識したのはBUMP OF CHICKENだったんですよ。それ以前もMONGOL800が耳に入ってきたり、THE BLUE HEARTSが近くでかかっていたりはしたんですけど、高校1年生の時、BUMP OF CHICKENを友達に教えてもらった時に「なんて素晴らしいんだ!」と感動したんです。

Spotifyプレイリスト『This Is BUMP OF CHICKEN』を聴く(Spotifyを開く

吉田:その時に、自分もこういうことやれたらいいなって思ったんですよね。なんとなくですけど、これが自分にフィットしているものなのかもしれないっていう感覚があったし、これなら自分でもやれるかもしれないっていう衝撃があったんです。その時の衝撃のまま、今までやってきたような気もするんですよね。

―吉田さんにとってBUMP OF CHICKENのどういうところが素敵だったんだと思います?

吉田:要素はたくさんあるんですけど、BUMP OF CHICKENの発信しているものを受け取ればどうにか生きていけそうだって思える曲がたくさんあって。当時の自分にとって説得力のある歌詞がたくさんあったし、歌詞に対してメロディやサウンドデザインまで一体となってるのもいいなと思って。なんかこう……言葉にできない、名前のない感情を歌ってくれている感じがしたんですよね。それがよかったんです。

吉田崇展

―先ほどご自身の音楽観を「グレーなものをちゃんと描けている音楽は素晴らしい」という言葉で話していただきましたけど、BUMP OF CHICKENの歌にはまさにそういうものが多いですよね。初期は特に物語的な歌が多かったですけど、それも、白黒の中間を描くようだったり、行間に自分を投影できたり、っていう魅力に繋がっていたと思うし。名前のない感情・事象に色をつけていくような。

吉田:まさにそうだと思います。たぶん、自分もBUMP OF CHICKENに受けた影響は大きいと思うし、そのよさを自分なりに出すことを考えている気がします。

……とはいえ、元々はポストロックに憧れてる、みたいなバンドをやってたんですけどね(笑)。その時は音楽的なことをやりたいっていう気持ちが先走って、Mogwai、Sigur Rosやtoeに憧れていて。それに『OK Computer』期のRadioheadも大好きでしたし。そこから、札幌のライブハウスでいろんなバンドと出会ううちに今のスタイルになってきたんですけど。

『ズーカラデル』(2019年)収録

「諦める」っていうことは長らく自分のテーマになってきたんですよ。進むために諦めるのは決して悪いことじゃない。

―元々は、カラッとした音楽よりも内側に潜っていくような音楽が好きだったと。それで言うと、グレーな感情を言い表すような歌がご自身の琴線に触れたのは、どうしてだったんだと思います? ご自身のパーソナリティーや生きてきた背景として。

吉田:……上手く言えないんですけど、そもそも自分は昔から「明るいのはいいよなあ」「明るく生きられたら楽しいだろうなあ」って思っちゃうところがあるんですね。自分がめちゃくちゃ暗いとは思わないけど、でも、明るくいられたらいいよなって羨ましくなる。そういう感じはもともと自分の中にあったと思いますね。

だからこそ、たとえば人にしても物事にしても、「それが今悲しい状態だとしても、それは決して悪いことではない」っていうことを、できるだけ素敵な感じで言いたい――僕は、そういう歌をたくさん書いてきた気がします。今まで考えたこともなかったんですけど。

左から:鷲見こうた、吉田崇展、山岸りょう

―たとえば“アニー”では<ねえ 素晴らしくないけど / 全然美しくないけど / YOU AND I 泥だらけの / 僕らの世界を歌え 何度も>というラインが本当に美しいメロディで歌われていて。素晴らしくもないとされるもの、美しくないとされるものだとしても、その存在を讃えたい、みたいな気持ちなんですか。

吉田:讃えたいというよりは……もちろん生きていたら世界の中に悲しいことや頭にくることもたくさんあるんですけど、でも自分の生活レベルに引き寄せて考えてみたら、どれもがただ起こっている事象でしかないと思えるというか。他人事だということじゃなくて、どんなに大それたことも実は大したことではなくて、全部が個々の生活や捉え方次第でいろんな意味を持つだけっていうか……上手く言えないな(笑)。

世間的には悲しいことだと言われていることでも、そこにはいい面もあるかもしれない。世間的に楽しいとされていることでも、実は悲しい側面があるかもしれない。なんとなくのカテゴリーにもハマれない「普通」っていうのもアリじゃん、みたいなことを歌いたいんじゃないかなって。普通だけど、何も特別じゃないけど、それでいいじゃんって。それが自分の歌なのかな。

―ただ、「普通」であることへの諦めも歌いながら、それをひっくり返す一瞬を求めるような歌や、いろんなものを引き連れて行くようなリズムもこの音楽の中にたくさんあって。たとえば“イエス”に<最後の魔法は不発に終わるだろう / 誰にも気づかれないままで暴れ出す><不味かった昼飯の記憶が / 無駄な夜更かしの行方が / 見送ったあの日の夕焼けが / 未だに強く脈を打つ>という言葉があって。不味かった昼飯みたいに意味も感動もないものが一瞬でも輝ける魔法を求めて歌う感覚もあるんですか。

吉田:きっとそうなんでしょうね。確かに今言ってくれた<魔法>っていう言葉は直接的に歌っているし、それを求めているところは絶対あります。0だと思われていたものが0.1に切り替わる瞬間というか。それが好きなんですよ。で、それこそが目の前の世界が変わるっていうことだと思っていて。普通のもの、悲しいと思われているもの……そのどれもが、一瞬でもクルッと変わるような。それが出てる気はしますね。

あと、言われてすごいなと思ったのが、まさに「諦める」っていうことは長らく自分のテーマになってたんですよ。特に前作の『夢が醒めたら』は「何かを諦める」っていうことについて歌を書いていった感覚があったんですね。先ほども話したような「普通もアリじゃん」っていう感覚と同時に、しょうもないと言われるような普通の人でもなんとか生きていくために、何かを諦めていくことも必要な時がある。前に進むためなら「諦め」も決して悪いことじゃないと思うんですよ。

―はい。

何か大事なものがあるからこそ何かを諦めるっていうことも、生きていればきっとある。それは美しい選択だと思うし、「もうダメだ」って諦めるというより、そこにはその人にしかわからないドラマがあるっていうことなんです。些細かもしれないけど、誰もがそういう選択をしながら生きてる。それがテーマなんでしょうね。

いろんなものに対して「そんなに悲しい顔しないでよ」って思っちゃうんですよ。

―「諦め」があるとは言っても決して虚しさに引き裂かれた歌にならないですよね。バンドというよりも楽団が行進しているように彩りが豊かなリズムとメロディと音の重なりが多いことも含めて、自分のテーマは実際の音楽にどう映っていると思うんですか。

吉田:ああ……行進と言っていただきましたけど、確かに曲を書く時って、生きていてどんなに意味のなかった瞬間でも、その全部が自分についてきてる感覚があるんですよ。諦めたことも、しょうもないと思ったことも、“イエス”で言えば<不味かった昼飯>みたいに日の目を見なかった時間も、全部が自分の後ろを歩いてる。自分が何かの魔法を求めるようにして歌ってるのも、そういう「意味がない」とされる時間も結局はついてきちゃうからだっていうある種の諦めがあるからなんでしょうし。それをどうにかしてやりたいっていう気持ちなのかもしれないです。

吉田:……こういう感覚は、なかなか言葉にできなかったんですけど。世間的な価値観の中でどんなにダメとされるものがあったとしても、「ちょっと過小評価され過ぎてない?」とか、「言うほどそいつはダメじゃないよ」って言いたい。そのために歌っているような気がするし、それは自分に対してもそうだと思うんですよ。

―そうですよね。

吉田:だから音楽的に言えば、深刻に歌ったり気に食わないことを歌ったりするよりも、できるだけグッとくるようなものにしたくて。曲の作りには自分のチャラい部分が出てる感覚があるっていうか(笑)。

―全然チャラい方だとお見受けしないんですけど(笑)。

吉田:はははははは。サウンドに関しては、結構軽薄な気持ちでやっちゃってるんですよね。たとえば暗い部分を歌っている瞬間にサウンドも暗くなっちゃうと、自分の中では「合致してる」というよりもバランスの悪いものに感じちゃうんです。それだと本当に、しょうもないとされたものがしょうもないままで終わっていく。だから、音楽の中では跳ねるようなリズムやサウンドを選ぶのかもしれないんですけど。

―今おっしゃったのはつまり、音楽の中でなら転覆させられる感情があるっていうことですよね。

吉田:やっぱりね、いろんなものに対して「そんなに悲しい顔しないでよ」って思っちゃうんですよ。たとえば札幌のライブハウスでも、人間的にも音楽的にも「しょうもないもの」はたくさん見てきたんです。だけど、その人間性と音楽性ががっちりとハマって、その人なりのドラマがそこにあると感じられた時に、それは決して否定されるべきものじゃないって思うようになったんですよ。なんと言われようと、その人だけのドラマがある。たったそれだけでも、僕は美しいと思っちゃうんです。

―それに、そもそも意味がないとされるものの叫びや存在証明を許しながらロックは転がってきましたよね。本来的に、もっとも寛容な音楽で。だからこそ吉田さんの言う魔法も諦めも、この音楽の中では倒錯したまま存在できるというか。

吉田:たとえば、「美しい」にならないとそれがイコール「美しくないもの」とされたり。あるいは「上手くいってる」じゃないと自動的に「上手くいってない」になったり。でもそんな二極化した価値観と関係ないところにいたって、素晴らしいものや大事なものに出会えるし、生きていけるんですよ。それが僕の場合、地元の札幌にいた時に出会ったロックバンドだったんです。ビバサドンナっていうバンドが札幌にいて、当時はチューニングもぐちゃぐちゃでノイジーな音楽を鳴らすバンドだったんですよ。でも、とにかく曲が美しくて。

いわゆる社会の価値観とは別のところにも美しさは無数にあるんだよなって気づいてきたことが自分の中で本当に大きかったし、それは自分の生活レベルでも強く実感できたんですよ。本当は素敵なものなのに、なぜか社会一般の価値観に押し殺されてるもの――やっぱり、それが自分の声や歌になってる気がします。

―“前夜”には<革命家が指をさす / その方角に誰もが目を凝らす / 作戦通り今夜僕はスイッチを入れて / 街を焼き尽くす獣を放つ / デストロイヤー / 本当はとても愛しているんだよ>というラインがあって。生産的でないもの、意味がないとされるものを切り捨てていこうとする今をあまりに簡潔に言い当てていると感じたし、まさに今おっしゃった「押し殺されたもの」を解き放っている歌だと思ったんです。何より、じっくりと昇り続けていくメロディが素晴らしくて。

吉田:そうですねえ……“前夜”は、2011年の東日本大震災の時に書いた曲なんですよ。当時はまだ別のバンドをやっていた頃なんですけど、今までずっと大事にしてきた曲で。福島の原発の事故があった時に、あの発電所を見て感情移入したんですよ。原発の事故があって、あの発電所そのものが悪だと言われて……でも、あの発電所自身はきっとそんなつもりじゃなかったと思うんですよ。

ズーカラデル“前夜”を聴く(Spotifyを開く

何かに属しているようで、何にも属せていないような感覚がある。だからこそ、生活の範囲で人に見過ごされても自分が大事だと思うものを歌いたい。

―“前夜”を作る時に見た発電所はきっと、周囲の人のために一生懸命動いていただけだし、それが悪だなんて思っていなかったはずだと。

吉田:そう。「あなたはそんな気持ちで動いてたわけじゃなかったよね?」っていう気持ちが大きくなって、それで書いたのが“前夜”なんです。あの発電所はきっと誰かのためになりたい一心だったはずだよな、まさか自分が悪だなんて思ってなかったよなって考えたら、たまらなくなってきて。だけどそれによって被害に遭われた人がいるのもわかっていたから、直接的に言うのは難しいと思って。<革命家が指をさす その方角に誰もが目を凝らす><作戦通り獣を放つ>……自分が気持ち悪いなと思ったことが言葉になって出てきた曲ではありますね。

―今日ここまで話していただいたことがそのまま表れている話だと感じます。

吉田:僕はずっと小さい頃のことを覚えてるんですけど、タンスに足をぶつけた時に、「痛い!」って言いながらとっさにタンスのほうをさすったことがあるんですよ(笑)。別にドラマチックなことでも優しさの話でもなんでもないんですけど、なんて言うんだろうな……そんなつもりじゃなかったのに、ただそこに存在しているだけなのに、悪にされたり勝手にカテゴライズされたりして、そのまま声を上げられないものに対する感情移入というか。

……結局自分の話はそこに戻るんだな(笑)。それが歌になってるんだなって改めて実感できた気がします。

―そういうご自身にとって、今の世の中はどういうふうに見えますか。たとえば物事を正しいか正しくないか、白か黒かだけで判断したり、間違いや進歩の過程に寛容でいられない風潮はどんどん強まっていると思うんですよ。新たな価値観や生き方を受け入れようという表層の動きと、人が人に行う動作があまりに乖離している世界で。

吉田:それはまさに僕も考えてしまっていて。それこそ、今まで見過ごされてきた人たちの声を掬い上げようとする流れは強まってますよね。たとえばLGBTQの方々に対して「みんな同じ人間だよ」っていう価値観を世間としてちゃんと持ち始めて、本来あるべきフラットな関係性を築いてる最中だと思うんですけど。それに、それはもちろん素晴らしいことだとも思う。

ただ、その流れにまだ追いつけなくて「価値観が古い」とされている人をいとも簡単に攻撃する声もたくさん聴こえてくる。人が成熟していく過程で自然に生まれ得るものだとは思いつつ……人ってそもそも、あっちに行ってこっちに行ってを繰り返して成長していくものだとは思うんですよ。でも、その過程で新しく攻撃や差別が生まれていたら嫌だなって。大らかでいたいよなって思うことはとても多くなりましたね。それが直接的に歌に出ているのか、今のところ客観視するのは難しいんですけど。

―だからこそ、この歌を出発点にして、どうやったらまず自分の世界を大事にして愛することができるのかを考えられる人は多いと思うんです。世界のことも、どこかの誰かのことも、今ここと繋がっているものだと思うから。

吉田:そうだといいなって思います。人はそれぞれ、好きなことをやって生きていくものだと思うんです。誰もが何かの勢力に属しているようでありながら、その実、個々でやっていることは違うじゃないですか。そのグラデーションの中に、自分もポツンと存在しているような。何かに属しているようで、何にも属せていないような感覚がある。だからこそ、自分の生活の範囲で人に見過ごされても自分が大事だと思うものを歌いたいし、聴いてくれる人もそういう気持ちでいてくれたらいいなって。

僕もね、Rage Against The Machineみたいに社会を揺るがすことができたらいいなって思う時もあるんですよ。でも、抗いたいものがあるってことも、元をたどればたったひとつのこと――敵を作って反抗する以前に、ぼやっとしていたとしても生活の中にこそ大事なものがあるっていうことに繋がってるから。社会の勝手なカテゴライズとかに対する心の中の中指も自覚してるけど、それを示すより先に、どんなにしょうもなくてもここに存在しているっていう美しさをまっすぐに歌うことが、結果として一番強いことなんじゃないかなって思うんですよ。

リリース情報
ズーカラデル
『ズーカラデル』(CD)

2019年7月10日(水)発売
価格:2,546円(税込)
PECF-3235

1. 花瓶のうた
2. イエス
3. 漂流劇団 – NY mix
4. リトル・ミス・ストレンジ
5. 春風
6. 生活
7. ウェイティングマン
8. 恋と退屈 – NY mix
9. 青空
10. 光のまち
11. アニー
12. 前夜

プロフィール
ズーカラデル
ズーカラデル

左から:鷲見こうた(Ba)、吉田崇展(Vo,Gt)、山岸りょう(Dr)。札幌発のロックバンド。2015年、吉田崇展が中心となって「吉田崇展とズーカラデル」を結成。2017年9月に1stミニアルバム『リブ・フォーエバー』を発売し、改名。2018年に現体制となり、2ndミニアルバム『夢が醒めたら』を発売。2019年7月10日、1stフルアルバム『ズーカラデル』を発売。



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