大滝詠一の足跡とその言説。『ロンバケ』はシティポップなのか?

大滝詠一の足跡とその言説。『ロンバケ』はシティポップなのか?

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村尾泰郎
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メイン画像:井出情児 リードテキスト・編集:山元翔一(CINRA.NET編集部)

『A LONG VACATION』を「シティポップ」として語る前に、留意しておきたいこと

テキスト:村尾泰郎

時代ごとに街の様子が変化していくように、シティポップも時代によって変わってきた。若者文化が洗練されていった1970年代に生まれたシティポップは、自分たちの新しいライフスタイルを洋楽の影響を受けたサウンドで歌ったものだ。そこにはドメスティックな歌謡曲に対するカウンターとしての側面もあった。

しかし、1980年代に入るとシティポップで描かれる「シティ」は虚構性が強くなり、まるでトレンディドラマのセットのような風景が描かれていく。そんななか、大滝詠一の『A LONG VACATION』は時代の変わり目、1981年にリリースされた。

大滝詠一『A LONG VACATION』を聴く(Spotifyを開く

近年、『A LONG VACATION』はシティポップのマスターピースとして語られることが多い。その一方で、果たして「『A LONG VACATION』はシティポップなのか?」という声もある。

最近のシティポップ再評価は海外のDJによる発掘が発火点になっていることもあり、ソウルミュージックやジャズ / フュージョンなどダンサブルなグルーヴを取り入れた洗練されたポップス、といった印象が強い。しかし、『A LONG VACATION』には、大滝周辺のアーティストによるシティポップの名盤、たとえば山下達郎『For You』(1982年)や大貫妙子『Sunshower』(1977年)のように踊れる16ビートの曲は収録されていない。当時流行していたAORやニューウェイブとも違う。同時代の洋楽の匂いがない、時代から切り離された異質のアルバムなのだ。

大貫妙子“都会”を聴く(Spotifyを開く

大滝詠一が『ロンバケ』以前に残した不屈の足跡を振り返る

そもそもシティポップは、「洋楽」をいかに日本のポップスとして翻訳していくかを、試行錯誤する音楽でもあった。だからこそ、同時代の洋楽を積極的に聴いていたミュージシャンたちの音楽が、のちにシティポップと呼ばれるようになる。

その出発点に、はっぴいえんどがいて大滝詠一はその中心メンバーだった。Buffalo Springfieldをはじめアメリカンロックを日本語ロックに再構築する、という当時としては大胆なアプローチで、はっぴいえんどは『風街ろまん』(1971年)という傑作を発表するが1972年に解散。

大滝は「ナイアガラ・レーベル」を立ち上げ、「エレックレコード」と契約(1976年にエレックが倒産して以降はコロムビアと契約する)。自宅にスタジオを作って、小学生のころに聴いて衝撃を受けたアメリカンポップスの研究に没頭する。はっぴいえんど解散直前に発表した1stソロアルバム『大瀧詠一』(1972年 / 編注:ストリーミング未解禁)は、はっぴいえんどの延長線上にあるような作品だったが、ナイアガラから本格的に独自のサウンドを追求するようになった。

大滝詠一“乱れ髪 ’78”を聴く。『DEBUT』(1978年)に収録された『大瀧詠一』の楽曲。アルバム名に反して『DEBUT』の実態は、『ヤング・ギター』誌の読者投票によって選曲がなされた再録曲とライブテイクを含むベストアルバムであった(Spotifyを開く

はっぴいえんど“空いろのくれよん”を聴く(Spotifyを開く

大滝は「ブリル・ビルディング・サウンド」(フィル・スペクターやバート・バカラックなど職業音楽家によるポップス)を中心に、アメリカンポップスのリズム、メロディー、ハーモニーなどを細かく分析。様々な「ネタ」を巧みに組み合わせ、そこに独自のアイデアを加えて曲に仕上げた。

豊富な音楽知識と編集センスを駆使した大滝の曲作りは、同時代の歌謡曲における筒美京平と通じるものがあるが、1980年代以降、大滝は松田聖子“風立ちぬ”(1981年)、森進一“冬のリヴィエラ”(1982年)、小泉今日子“快盗ルビイ”(1988年)などヒット曲を手掛けて、歌謡曲の世界でもソングライターとしての才能を開花させた。

『大瀧詠一 Works』を聴く(Spotifyを開く

ナイアガラからの第一弾リリースは、山下達郎や大貫妙子が在籍したバンド、シュガー・ベイブの1stアルバム『SONGS』(1975年)。そこで大滝はプロデューサーとして腕を振るった。そして、自作の『NIAGARA MOON』(1975年)で大滝流の和製ポップス=ナイアガラサウンドを本格的に打ち出して、評論家から高い評価を受ける。

大滝詠一『NIAGARA MOON』を聴く(Spotifyを開く

続く『NIAGARA TRIANGLE Vol.1』(1976年 / 編注:ストリーミング未解禁)は山下達郎、伊藤銀次と3人編成で取り組み、オールディーズへの愛情に満ちたサウンドでヒットを記録、と出だしは順調だったが、次第にナイアガラサウンドはマニアックな度合いを増していく。

1月から12月まで、各月をテーマにして、ロックやメレンゲなど様々な曲調を取り入れた『NIAGARA CALENDAR』(1977年)は商業的には振るわず、コロムビアとの契約を解消する(編注:このころ大滝およびナイアガラは、契約上、3年でアルバム12枚を製作するというノルマが課せられており、1978年に11枚目として『LET'S ONDO AGAIN』を発表し、最後に大滝自身はコロムビアと袂を分かつ。なお、12枚目は1980年リリースの山下達郎のベスト盤『TATSURO YAMASHITA FROM NIAGARA』であった)。

大滝詠一『NIAGARA CALENDAR ’78』を聴く(Spotifyを開く

最先端の音楽を追い求める仲間たちを横目に、大滝はなぜ同じ道を選ばなかったのか?

かつての仲間たちが「シティポップ」的洗練に向かう一方で、大滝はポップスオタクであることを貫いた。

しかし、大滝は決して保守的なアーティストだったわけではない。はっぴいえんどの頃には、いち早くニューオリンズサウンドを取り入れるなど実験精神を持っている。世間ではディスコやファンクなどダンサブルな音楽がブームになるなか、大滝は『LET'S ONDO AGAIN』(編注:「ナイアガラ・フォーリン・スターズ」名義でリリース、ストリーミング未解禁)で洋楽に日本の音頭のリズムを取り入れてカバーするという過激な遊び心を発揮した。

なぜ大滝が1970年代のシティポップに反応しなかったのか。そこには大滝のポップス研究への熱意に加えて、洗練された音楽への照れがあったのかもしれない。

シティポップに関わったミュージシャンの多く(細野晴臣、松本隆、鈴木茂、坂本龍一、高橋幸宏、山下達郎、大貫妙子、松任谷正隆、松任谷由実など)は東京出身で、大滝は東北の岩手出身。はっぴいえんど時代、大滝は松本隆が書く歌詞の恋愛観に違和感を感じながら歌っていたそうだが、大滝は華やかな都市生活を歌うことにためらいがあったのだろう。ナイアガラ時代、大滝はCMソングやノベルティソングを数多く手掛けて、そこで持ち前の諧謔精神を発揮しながら、大衆音楽を作り続ける。

子どもの頃、クレイジーキャッツや小林旭が歌うノベルティソングを聴いてアメリカンポップスと同じくらい影響を受けた大滝は、最先端の音楽より大衆音楽をこよなく愛したことも知られている。

大滝詠一“Cider ‘77”を聴く(Spotifyを開く

植木等“FUNX4”を聴く。大滝は、ハナ肇とクレージーキャッツのメンバーである植木等のアルバム『植木等的音楽』(1995年)のプロデュースを手掛けている(Spotifyを開く

小林旭“熱き心に”を聴く。大滝が大ファンであることを公言していた小林旭への書き下ろし楽曲。作詞は阿久悠(Spotifyを開く

喪失、哀愁、憧れ――決して色褪せない『ロンバケ』の魔法。シティポップのノスタルジックな魅力との違い

そんななか、はっぴいえんどを解散してから10年目に、再び松本とタッグを組んでアルバムを発表したのが『A LONG VACATION』だった。

大滝詠一“外はいい天気だよ ’78”を聴く。『A LONG VACATION』での大滝と松本のコンビによる楽曲制作は、はっぴいえんど“外はいい天気”(1973年)以来となった(Spotifyを開く

大滝はロイ・オービソン“Only The Lonely”にオマージュを捧げたJ.D.サウザー“You're Only Lonely”がヒットしたことにヒントを得て、「1980年代サウンドでオールディーズをやる」というコンセプトを思いつく。

そして、大滝ははっぴいえんどの作品で知り合ったエンジニア、吉田保に白羽の矢を立てた。透明感のある残響音が気持ちよく広がる吉田が作るサウンドは『A LONG VACATION』にシティポップ感を生み出す重要な要素。そこにバンドサウンドやストリングスを重ねたシンフォニックなサウンドは、まさに大滝版「ウォール・オブ・サウンド」(独特の残響音を活かしたフィル・スペクターの音楽的手法)だ。

大滝詠一“恋するカレン”を聴く(Spotifyを開く

そして、大滝はナイアガラ時代に封印していた叙情的なメロディーを開放して、そこに松本隆の映像的な歌詞をのせた。異国を舞台にした松本の歌詞から伝わってくるのは、1980年代の消費社会を満喫するラグジュアリーさではなくセンシティブな喪失感。松本は歌詞に取り掛かる直前に妹を亡くしていて、その悲しみの余韻が歌詞に滲んでいる。

大滝詠一“君は天然色”を聴く(Spotifyを開く

松本の歌詞が鮮明な絵を作り上げるなか、大滝は異国を舞台にしたことで、「渡り鳥シリーズ」の小林旭のように照れることなく主人公を演じることができたのかもしれない。ファースト以降、初めて大滝は自分の声にキーに合わせて曲を書いたが、ニュアンス豊かな大滝の歌声にもどこか哀愁が漂う。それはシティポップの都会的なアンニュイとは別のものだ。

大滝詠一“雨のウェンズデイ”を聴く(Spotifyを開く

大滝詠一“スピーチ・バルーン”を聴く(Spotifyを開く

『A LONG VACATION』はシティポップなのか? と考えてしまうのはグルーヴの問題だけではなく、アルバムを薄いベールのように包み込んでいる翳りのせいでもある。本作をリリースする際、大滝はアルバムのテーマは「夏」ではなく「夏への憧れ」だと語った。

憧れとは、そこにはないものを強く心に願うこと。松本の歌詞には別れた恋人や過ぎ去った時間への想いが綴られているが、そうした喪失感が、世界が眩しく輝く季節=「夏」と鮮烈なコントラストを生み出している。弾けるようなポップセンスと繊細なメランコリーが交差する『A LONG VACATION』の手触りはThe Beach Boys『Pet Sounds』(1966年)に通じるものがあるが、「夏への憧れ」は大滝が長年抱いてきたアメリカンポップスへの憧れでもあるのかもしれない。そこで甘酸っぱさよりほろ苦さを感じさせるのは、大人のためのポップスだからだろう。

大滝詠一“Velvet Motel”を聴く(Spotifyを開く

大滝詠一“カナリア諸島にて”を聴く(Spotifyを開く

『A LONG VACATION』に収録した曲の多くは、大滝が様々なアーティストやCMに提供した曲をもとにしていて、ナイアガラで10年かけて研究したポップスの魅力を、大滝は1980年代という印画紙に天然色で焼き付けた。シティポップで描かれた風景は時の流れの中でノスタルジックになっていくが、『A LONG VACATION』の風景は決して色褪せない。それこそが、「シティ」がつかない(つまり、普遍的な)ポップスのマジックなのだ。

大滝詠一“Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語”を聴く。同曲は『A LONG VACATION』収録曲で唯一、大滝詠一が作詞・作曲をともに手掛けている(Spotifyを開く

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リリース情報

大滝詠一『A LONG VACATION 40th Anniversary Edition』
大滝詠一
『A LONG VACATION 40th Anniversary Edition』(2CD)

2021年3月21日(日)発売
価格:2,750円(税込)
SRCL-12010

[CD1]
1. 君は天然色
2. Velvet Motel
3. カナリア諸島にて
4. Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語
5. 我が心のピンボール
6. 雨のウェンズデイ
7. スピーチ・バルーン
8. 恋するカレン
9. FUN×4
10. さらばシベリア鉄道

[CD2]
『Road to A LONG VACATION』
※大滝詠一のDJスタイルで語る貴重音源満載の『A LONG VACATION』誕生秘話

プロフィール

大滝詠一(おおたき えいいち)

1948年7月28日岩手県生まれ、2013年12月30日没。高校卒業後上京し、1970年に細野晴臣、松本隆、鈴木茂と、はっぴいえんどを結成。1972年の解散後、自身のレーベル「ナイアガラ」を設立。1981年に、オリジナルソロアルバムとしては5枚目にあたる『A LONG VACATION』を発表。そのほかプロデュースや楽曲提供などで数々のヒット作やスタンダードポップスを生み出し、日本のポピュラー音楽界に大きな影響を残す。

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