チャーリーXCXがファンと作り上げた新作。コロナ禍の感情を歌う

新型コロナ禍でベッドルームでの創作を余儀なくされたミュージシャンたち

「僕らはただ寝室で音楽をつくってる。今もそうさせてもらってるしね。この賞は、ベッドルームで音楽をつくっているすべての子どもたちに捧げる。君たちの誰かが、いずれこの場所に立つだろう」

2020年1月に行われた『グラミー賞』にて発せられたビリー・アイリッシュとその兄フィニアス・オコンネルの受賞スピーチは、新時代の完成を象徴している。21世紀最初の20年は、技術進化とインターネットの普及によって、彼ら兄妹のような自宅で音楽制作を行うDIYアーティストがメインストリームへと躍進する変革期だった。テクノロジーのインパクトはベテランも認めるところで、1990年代の時点でトップシーンにのぼりつめていたビョークは、2017年、庭園で制作していることを明かしながら「薄暗いスタジオから解放してくれたラップトップこそ革新的だった」と振り返っている。

DIY精神の希望が謳われた2020年の『グラミー賞』はまことに輝かしいものであったが、その数か月後には、世界中を舞台としたトップスターすらベッドルームの創作を強いられる状況が到来した。新型コロナウイルス拡散によって、多くの人々が自主隔離生活を余儀なくされたのである。たとえば、ドレイクは豪邸で一人ダンスをすることで新曲“Toosie Slide”のミュージックビデオを完成させ、アリアナ・グランデとジャスティン・ビーバーはおこもり中のセレブリティやファンから映像をつのって“Stuck with U”のビデオリリースにこぎつけている。オンラインミーティング・サービスZoomもすっかり普及した。ケイティ・ペリーの新曲リスニングパーティーなどもここで行われている。

ドレイク“Toosie Slide”(Spotifyを開く

ドレイク“Toosie Slide”PV。手袋、マスクを装着したドレイクが自宅の豪邸を公開

チャリティーソングとしてリリースされた、アリアナ・グランデ&ジャスティン・ビーバー“Stuck with U”(Spotifyを開く

アリアナ・グランデ&ジャスティン・ビーバー“Stuck with U”PV

そんななか、一歩先を行くリモートワークに取り組んでみせたのが、BTSやカミラ・カベロらポップスターに楽曲提供も行ってきた「未来派ポップ」な英国シンガーソングライター、チャーリーXCXだ。ティーンエイジャーの頃より自宅で音楽を自作するDIYアーティストだった彼女は、ロサンゼルスにて恋人および友人と自主隔離するコロナ禍を機に原点に立ち戻り、そのスタイルを進化させた。リリース予定だったアルバム制作を中断し、コロナ禍に見合う新作づくりを決意。リモート体制下、プロデューサーに迎えたのはPC MusicのA.G.クックやBJバートンだが、実質的には、世界中の大勢の人々が制作に加わることとなる。チャーリーは、インターネットを通してファンとともに作り上げる「究極のDIYアルバム」、『how i'm feeling now』プロジェクトを決行したのだ。

チャーリーXCX

SNSやZoomでプロセスを公開し、ファンも巻き込んでフルアルバムを制作。開始から1か月強でリリース

アルバムの内容に入る前に、『how i'm feeling now』プロジェクトの概要を見てみよう。

<期限設定:4月6日発表にて5月15日リリースを約束
自宅DIY:チャーリーは家にあるツールでアルバムを完成させる
制作過程の透明化:SNSにてデモ音源や歌詞のアイデア、プロデューサーとの連絡内容をシェア
フィードバック:SNSやZoom会議でファンと意見を交換する
アートの募集:チャーリーがつくった素材を加工したカバーアートを募集し採用
慈善活動:グッズ収益のほか、使用したアートワークのオリジナルをオークションにかけてチャリティに回す>

ファンダムカルチャーの未来を切り拓くかのような協業プロジェクトだ。ファンサービス的なイベントに思えるかもしれないが、「私のファンやリスナーがどれほど私を受け入れてくれて、ファンがどれだけクリエイティブな関与を求めていたか気づかされた」と語ったチャーリーは、アイデア豊富なファンダムの頼もしさを明かしている。コアファンたちは、彼女のディスコグラフィーや関連アーティストのみならず、リリースされていない音源すら網羅して把握している。

制作会議では「2年前にリークされたデモのようなスネアにしてみたら?」といった細かく具体的なアドバイスが飛び交ったという。無論、チャーリーの価値観やリリックの癖もよく知っている。アルバム収録曲“anthems”における「Go online shopping / I'm so uninspired, I just wanna breathe(オンラインで買い物する / なんの感慨もない、ただ息を吸いたい)」という歌詞は、チャーリーがファンに助けを求めて生まれた一節だ。

『how i'm feeling now』の制作過程をInstagramで報告するチャーリーXCX

コアファン以外の人々を包括したことも特筆に値する。『how i'm feeling now』プロジェクトは、コロナ禍で危機に瀕する映像ディレクターやグラフィックデザイナーを含めたクリエイター支援の目的もあった。こうした連帯のかたちは、アーティストたちの指針になっていく可能性がある。テクノロジーの発展によって巻き起こったDIYムーブメントの裏には、インディレーベルや音楽教育機関の相次ぐ経営危機が存在している。サポート機関、つまりはセーフティネットが減退するなかで、クリエイターは互いを支え合うコミュニティ形成を行うべき、といった提唱はパンデミックの前から活発になっていた。

新型コロナウイルスによってそのような危機的状況は加速するだろう。英国の労働組合ミュージシャンズ・ユニオンが5月に発表した調査では、政府から保証を受けられない自営業者も多い音楽家の5人に1人ほどがキャリアの断念を考えていると回答している。もちろん、トップアーティストたるチャーリーの場合、多くの表現者とは状況が異なる。しかしながら、その立場を活かすかたちで世界中のクリエイターを迎え入れた『how i'm feeling now』プロジェクトは、効果的なコミュニティ形態として各所で模範されていくかもしれない。

『how i'm feeling now』からの1stシングル“forever”(Spotifyを開く

チャーリーXCX “forever”PV。ファンから集めた映像などで構成されている

完成した作品は、コロナ禍のパーソナルな感情が詰め込まれたアルバムに

実際のアルバムはどんなものに仕上がったのだろうか。1か月あまりで無事完成した『how i'm feeling now』は、その大規模な協業プロセスの反面、タイトルそのままコロナ禍のパーソナルな感情が詰め込まれたアルバムになった。個人的だからこそ、見事に時代精神が浮かび上がる。開幕曲の“pink diamond”は、一定数のリスナーを振り落とすことを意識したアグレッシブなDijon制作ビートがうねるなか、ナイトクラブでセクシーに振る舞いたいのに家に閉じこもってビデオチャットをする状況がキッチュに歌われている。

チャーリーXCX『how i'm feeling now』(Spotifyを開く

2曲目以降は、ロサンゼルスで共に自主隔離しているチャーリーと恋人の関係性が日記のように描かれていく。“forever”は「いつか別れるだろうけど永遠に愛してる」というネガティブ寄りの告白。4曲目“7 years”においては、ハードだった2人の歴史を振り返りつつ、同居で状況が好転した旨が明かされる。その次が、チャーリーがお気に入りと語る、自主隔離下の混乱と欲求不満がつづられた“detonate”。家にこもりきりの状態で喧嘩してしまい、つい汚い言葉を使ってしまうこと、その後の自己嫌悪など、リアリティある流動的な筆致になっている。そして7曲目に“i finally understand”。タイトルどおり「あなたを愛してる、やっとわかった」という告白だ。2番目の“forever”と比べると、心情がだいぶ変化したことがうかがえる。こうした流れはノンフィクションのようで、チャーリーいわく、アーティストとしてボーイフレンドとの関係を掘り下げる創作の試み自体、心と肉体が近接する自主隔離環境によって生じたという。

チャーリーXCX

「いつかこれが終わったら、私たちはもっと近くなる」。コロナ禍の「アンセム」が歌う希望のフィーリング

アルバム後半は、物理的に会えなくなってしまった友人たち、ナイトクラブへの想いがつむがれていく。「パーティーに来ないあなた」への想いが捧げられる“party 4 u”は、2017年東京で行われたイベントでお披露目して好評だったものの、歌詞の軽さゆえにお蔵入りにされた旧作だ。パーティー文化そのものをせき止めるコロナ禍が到来したことで新たな意味が宿ったため、今回のリリースに至ったという。

そして、最も共感を集めそうなトラックが、前述したファンの助けによって完成した“anthems”。「本当に退屈」という宣言から始まり、寝坊してシリアルを食べ、なるべく活動的になるよう頑張ろうとして、テレビ番組に見入る……そんな自粛生活の日常から始まる本作は、ロックダウンの夜、ただ外出したい欲求を抱いた体験から生まれたという。チャーリーは「明らかに世界の優先事項ではない、言葉にするには馬鹿げた欲求」だとしながら、その衝動をないがしろにせず、コロナ禍のアンセムに昇華させた。

<欲しいのはアンセム / 深夜 友達 ニューヨーク / 眠って新しい朝で目覚めたい 眠ってあなたと目覚めたい>(チャーリーXCX“anthems”)

チャーリーXCX“anthems”(Spotifyを開く

『how i'm feeling now』プロジェクト誕生にインスピレーションを与えたのは、Zoomにて4月初頭より開催されたクィアなバーチャルクラブイベント『Club Quarantine』であった。パフォーマーとして参加したチャーリーは、世の中が「どうやって元の生活に戻れるのか」と焦るなか「どうやってナイトライフ文化を継続させるか」を考えて新たな環境に適応しようとするポジティブな姿勢にいたく感動したと『W Magazine』のインタビューで回想している。だからこそ、共作プロジェクト『how i'm feeling now』は、ポジティビティを打ち出す。希望のフィーリングこそ必然とばかりに終幕曲“visions”では未知なる未来の予感がきらびやかに紡がれているのだが、ひとまず今は、彼女がつくったアンセムのラストラインを噛み締めたい。

<いつか これが終わったら / 私たち もっと近くなるんだ>(チャーリーXCX“anthems“)

チャーリーXCX『how i'm feeling now』ジャケット
チャーリーXCX『how i'm feeling now』ジャケット

リリース情報
チャーリーXCX
『how I'm feeling now』

2020年5月15日(金)配信

1. pink diamond
2. forever
3. claws
4. 7 years
5. detonate
6. enemy
7. i finally understand
8. c2.0
9. party 4 u
10. anthems
11. visions

サービス情報
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