荏開津広×渡辺志保のラップ詞談義 混沌の時代に響くリリック

荏開津広×渡辺志保のラップ詞談義 混沌の時代に響くリリック

インタビュー・テキスト
久野剛士
撮影:寺内暁

元気がないときこそ、ギャングスタ・ラップが効くのかなと思います。(荏開津)

―今回のテーマは「リリック」ですが、今でこそ重要だと思うリリックをお教えください。

荏開津:ラップはトラックと言葉からできているので面白かったり興味深いリリックの曲は数え入れないほどあるのですが、ヒップホップを世界に広げた曲と、ヒップホップの世界自体を変えた曲として、初期ではグランドマスター・フラッシュ(Grandmaster Flash)“Message”があります。この曲はニューヨークでも抑圧された暮らしの様子を巧みに叙述していて、今のラップより簡単なので年配の方はカラオケにお勧めです(笑)。

この曲のフックに<押さないでくれ、自分は崖っぷちにいる、頭がもげないようにするのに必死なんだ>という箇所があります。ラップしているメリー・メルは見た目や他の曲の多くはマッチョという言葉が現実になったような人ですが、このリリックはマチズモと断言できない調子が興味深い。

Afrika Bambaataa『Planet Rock』を聴く(Spotifyを開く

Grandmaster Flash“The Message”を聴く(Spotifyを開く

荏開津:そして、2000年にリリースされたデッドプレズ(Dead Prez)“Hip Hop”。<それはヒップホップ(註:という掛け声)より大きい>というフックですが、それまで多くのラッパーはヒップホップシーンという枠の話を長い間していたと思うんですよね。私もそこになるべくいようとしていました。でもその外側にアメリカという国の人種や権力の構造があって、そこにフッドもある、アフリカン・アメリカンのジェンダーの問題も交錯する、そうした複雑に捻れた風景を見せてくれるリリックとMVには当時本当に驚きました。

Dead Prez“Hip Hop”を聴く(Spotifyを開く

荏開津:あと、カニエ・ウェスト(Kanye West)の“Jesus Walks”。もちろん、この曲以前からクリスチャンのラッパーはいましたしトピックとしてもありましたが、ここまでクリスチャニティーを前面に押し出してヒットさせたのも驚きました。ヒップホップは公民権運動の後からやって来た世代が作って、その誕生からマルコムXなどムスリムと深い繋がりがあります。ここで、ひとつ世界を変えたし、彼はクリスチャンの使徒として大統領選に出るという構想があるんですよね。

カニエ・ウェスト“Jesus Walks”を聴く(Spotifyを開く

―渡辺さんはいかがでしょうか?

渡辺:私はまず、ラプソディー(Rapsody)の『Laila's Wisdom』を挙げたいですね。本作は彼女にとって2枚目のアルバムで、当時『グラミー賞』にノミネートされるくらい、高い評価を得ました。ラプソディーは、ジェイ・Zのロック・ネイションにも所属していて、私が45年以上のヒップホップの歴史で最も才能のある女性ラッパーだと思うのは、このラプソディーなんですよ。『Laila's Wisdom』の「Laila」はおばあちゃんの名前なんですね。なので、自分のおばあちゃんからの教え、先代からの知恵を注ぎ込んだというアルバムなんです。

彼女の曲はどれも説教臭さがなく、みんなにポジティブなメッセージを与える曲が多いんです。アルバムタイトルにもなった“Laila's Wisdom”には、<友人を失ってしまうことがあるかもしれないけど、あなたがいるサークルは、オーバルよりまし>というリリックがあります。Ovallというのは、楕円形、という意味もありますが、大統領の執務室を表す言葉でもある。なので、「トランプ政権が動かす世界よりも、あなたたちの生活しているサークルのほうがよい場所だから」というリリックがあって。

ラプソディー『Laila's Wisdom』を聴く(Spotifyを開く

渡辺:このリリックを改めて見返すと、今の状況にもフィットする部分がありますし、なによりこういうことを歌うラプソディーに慈愛を感じます。昨年『Eve』というアルバムも出ましたけど、曲のタイトルがすべて偉大な黒人女性の名前になってるんです。私が好きな曲は、オプラ・ウィンフリーをモチーフにして、同じ女性ラッパーのレイケリ47(Leikeli47)と共にラップする“Oprah”。『Eve』の最後は“Afeni”という曲で締め括られていて、これは2パックの母親の名前なんです。誰もが安心感を抱くような包容力のある作品になっています。同じ毛色でいうと、定番ですがローリン・ヒル(Lauryn Hill)の『The Miseducation Of Lauryn Hill』。この1枚の中で、愛や生活について、宗教心について歌ったりしています。フラストレーションをみんなが感じている中で、前向きになれるようなメッセージを発信していると思います。

ラプソディー『Eve』を聴く(Spotifyを開く

ローリン・ヒル『The Miseducation Of Lauryn Hill』を聴く(Spotifyを開く

荏開津:ラプソディーは、素晴らしいですよね。扱うトピック自体は1990年代のアーティストと変わらないけれど、やり方が新鮮だなと思います。

渡辺:そうですね。クイーン・ラティファが今、ラップしていたらラプソディーのような感じかもしれないですね。プロデューサーの9thワンダーの手腕も大きいかもしれません。

次に聴いてもらいたいのは、カーディ・B(Cardi B)などの「女性が稼ぐ曲」ですね! 今、経済的にもそれぞれ大変な時期だと思います。私自身も、もらえる仕事は全部もらって稼がなきゃって感じなので、自分で自分を奮い起こそうと思って、そうした曲を聴いていますね。ヒップホップの歴史を振り返っても、メイクマネーしてハッスルするという曲を歌うのは、かつて男性が中心でした。でも、女性もハッスルしないといけないし、女性には女性の労働歌があるんです。

そういう意味も込めて、女性ラッパーばかりが悪態をつくプレイリストを以前、作りました。それは、私も「元気にいくぞ」「金を稼ぎに行くぞ」と気合を入れるときに聴きますね。その1曲目がリル・キムの“Suck My Dick”って曲なんですよ。

渡辺志保の作成した『THE LADIES DO RUN THIS MF』プレイリストを聴く(Spotifyを開く

荏開津:(笑)。さきほど、ギャングスタラップに当時はコミットできなかった話をしましたが、一方でなぜギャングスタラップは元気が出るのか、ってずっと考えているんですよね。

渡辺:ギャングスタラップが好きですが、もちろん自分の生活にはピンプ業も存在しませんし、銃もクラックもありません。でも、極端なものに触れてかっこいいと思う人も多いと思います。例えばスプラッター映画でも、とことんエグいものに惹かれることもある。突き抜けたつくり手の美学みたいなものが、そこにはあると思いますね。そこに、元気をもらうというか。

荏開津:たしかにそうですね。ソニック・ユース(Sonic Youth)のキム・ゴードンには、あるエピソードがあって。彼女が大変な鬱になったときに集中的に聴いたのがギャングスタラップだったらしく「ギャングスタラップは鬱にいいからみんなにオススメ」とインタビューで答えていました。これをいつも思い出します。

『This is Sonic Youth』プレイリストを聴く(Spotifyを開く

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プロフィール

荏開津広(えがいつ ひろし)

執筆 / DJ / 京都精華大学、東京藝術大学非常勤講師、RealTokyoボードメンバー。東京生まれ。東京の黎明期のクラブ、P.PICASSO、MIX、YELLOWなどでDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域で国内外にて活動。2010年以後はキュレーション・ワークも手がけ、2013年『SIDECORE 身体/媒体/グラフィティ』より、ポンピドゥー・センター発の実験映像祭オールピスト京都ディレクター、日本初のラップの展覧会『RAP MUSEUM』(市原湖畔美術館、2017年)にて企画協力、Port Bの『ワーグーナー・プロジェクト』(演出:高山明、音楽監修:荏開津広 2017年10月初演)は2019年にフランクフルト公演好評のうちに終了。翻訳書『サウンド・アート』(フィルムアート社、2010年)、『ヤーディ』(TWJ、2010年)。オンラインで日本のヒップホップの歴史『東京ブロンクスHIPHOP』連載中。

渡辺志保(わたなべ しほ)

音楽ライター。広島市出身。主にヒップホップ関連の文筆や歌詞対訳に携わる。これまでにケンドリック・ラマー、A$AP・ロッキー、ニッキー・ミナージュ、ジェイデン・スミスらへのインタヴュー経験も。共著に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門」(NHK出版)などがある。block.fm「INSIDE OUT」などをはじめ、ラジオMCとしても活動中。

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