荏開津広×渡辺志保が振り返る、2019年ラップ界の注目トピック

荏開津広×渡辺志保が振り返る、2019年ラップ界の注目トピック

インタビュー・テキスト・編集
久野剛士(CINRA.NET編集部)
撮影:豊島望

ダベイビーが象徴するラッパーの「キャラクター」への注目

―今しがた名前が出たダベイビーも今年話題になりました。

荏開津:ダベイビーってライミングが上手いと思います。やっぱり技術と内容ってすごい密接に関係あると思うんですよね。ここでいう「技術」は作家がやるような難しい語彙を持ってくるというのではなく、自分の声が最も生きるパターンを見つけて色々なトピックも持ってくるということ。

アルバム『KIRK』1曲めの”Intro”は自分の曲が1位になった知らせを聞いた日に父親が死んだことを知らされたということから始まる曲で、サンプリングはインシンクのアカペラ。これは上手いと思います。想像ですが彼だけでなくブレインというかチームの勝利でもあるかな、と。

ダベイビー『KIRK』を聴く(Spotifyを開く

荏開津:もう一つは、昔のラップを聴いてる世代が表舞台に出てきたっていうのが大きいと思ってて。私は「Dreamville」がすごい大好きなんです。

渡辺:J.コールのレーベルですね。

荏開津:そう、J.コールが大好きで。彼らがリリースしたコンピレーションアルバムは、1990年代そのままカムバックみたいな作品ではなくて、もっとユーモア溢れる曲とかいっぱいあるんです。

それが私はいいなと思っていて。ダベイビーも笑顔がチャーミングな自分をよく理解していて、キャラが立っていますよね。健康的で、かわいらしい自分を打ち出している。夏頃にダベイビーがアトランタでMVの撮影中に地元の輩っぽい人が 「(子どもに学校が出す)外出許可書持ってるか?」といいがかりをつけてきたいざこざの動画が出回りました。そのときダベイビーは「外出許可書を持ってるかなんていわないで最初からリスペクトを示してくれ」と毅然とはねつけていて、キャラというのはご存知のように今やリークも含めたあらゆるメディアでの印象が含まれます。キャラクター性の大切さを2019年は痛感しました。

Dreamvilleのコンピレーションアルバム『Revenge of The Dreamers III』を聴く(Spotifyを開く

渡辺:ダベイビーも、もともとInstagramでユーモアのある投稿をしてフォロワーを集めていましたよね。ストリート的なアティチュードと、お笑いっぽいところを、本当にうまいことミックスさせていますね。

そして、自分に合ったビートメーカーであるジェットソンメイド(JetsonMade)と組んで、旬なサウンド、旬のフロウをリプリゼントしたっていうことも、かなり大きいのではないでしょうか。

リゾ、City Girlsなど女性ラッパーの同時多発的な良作

荏開津:あと、私はCity Girls(シティ・ガールズ)とかミーガン・ジー・スタリオン(Megan Thee Stallion)は新しいと思います。他にもラップをするポップアーティストですがドジャ・キャットはユダヤ系で、スウィーティーがフィリピン系だし、と、女子ラッパーの人種の多様性は当たり前になってきていることも注目ですね。

あとCity Girlsとジェネイ・アイコ(Jhené Aiko)をフィーチャーしたスウィーティー(Saweetie) “My Type”のリミックスは自分と付き合う資格がある男性はリッチなだけなく、平均以上の身長とペニスのサイズがあるということまで言及し<しっかり握る>というリリックがあって、それが売れているということに個人的にびっくりしました。また近年は比較的チルな印象があって『ELLE DECOR』に素敵なライフスタイルみたいな記事まで載ってるジェネイ・アイコですが、彼女のパンチラインは、<体が浮くまで舐めてくれる人がタイプ>。どちらもは、1990年代の一部の女性ラッパーに顕著だった好色なリリックの延長だけどレベルが変わりました。でも、男性がずっとラップしていることの裏返しともいえる。

スウィーティー“My Type(feat.City Girl & Jhené Aiko)Remix”を聴く(Spotifyを開く

渡辺:私も2018年後半から2019年は特に、女性ラッパーのアルバムが非常に良作続きだったなと個人的に思っています。City Girls『Girl Code』は2018年の11月のアルバムだったかな。ミーガン・ジー・スタリオンも『Fever』(2019年)が高く評価されて。彼女もいそうでいなかった女版ピンプ・C(テキサスの重鎮ヒップホップグループUGKメンバー)を自称しているんですね。

City Girls『Girl Code』を聴く(Spotifyを開く

ミーガン・ジー・スタリオン『Fever』を聴く(Spotifyを開く

あとは、やっぱりリゾ(Lizzo)ですね。彼女も下積みがすごい長くて、インディーバンドとのコラボなども経て、2019年にアトランティックとサインして、メジャーデビュー作『Cuz I Love You』がリリースされました。

あれだけインパクトのあるキャラクターで、「私は私でなにが悪いの?」と、とにかく突き進む感じが、ビヨンセやリアーナ、カーディ・Bの系譜を受け継いでいて、「2019年のディーバ像」を体現するアーティストだと思いました。

リゾ『Cuz I Love You』を聴く(Spotifyを開く

荏開津:たしかにそうですよね。その辺をリゾが継いでるのが面白いですよね。

渡辺:そうなんですよ。心か身体、どちらかに「女性」を抱えてる人は、リゾにハマるんじゃないかな。2018年はカーディ・Bに元気をもらった私も、2019年はリゾにパワーをもらいましたね。

荏開津:そうしたメインストリーム系のアーティストも素晴らしい一方で、最も正統的なライミングをするという印象のヤングM.A.(Young M.A.)は「自分のセクシャリティーについては構わないでほしい」といってますがパンチラインの一つは<私はKで始まるクイーン、なぜならKingでもあるから>。かっこよくて唸りました。またラプソディー(Rapsody)とかジャミラ・ウッズ(Jamila Woods)のアルバムも好きでした。

渡辺:ラプソディーが発表したアルバム『Eve』は、一曲一曲に、黒人女性のヒロインたちの名前をタイトルにしていて。自身のルーツをラップした、涙が出るような作品でした。そして、それと同じようなコンセプトのアルバムが、ジャミラ・ウッズの『Legacy! Legacy!』ですね。ジェイムズ・ボールドウィン(20世紀に活躍した黒人作家)をテーマにした曲もあって、彼女は男女関係なくアフリカンアメリカンのヒストリーを作品のテーマにしていましたね。

ラプソディー『Eve』を聴く(Spotifyを開く

ジャミラ・ウッズ『Legacy! Legacy!』を聴く(Spotifyを開く

渡辺:あと、イギリスのリトル・シムズ(Little Simz)のアルバム『GREY Area』も、めちゃめちゃ肉厚な内容で。女性ラッパーも、セックスや自分の肉体の素晴らしさを表現するラッパーもいれば、そうではなくて、実直に自身のルーツを歌うタイプもいて、それぞれがアルバムというフォーマットで強い意見を表明していた年だったと思いました。

リトル・シムズ『GREY Area』を聴く(Spotifyを開く

―もともとあったであろう、そうした女性ラッパーが表に出てきた背景みたいなものはあるんでしょうか?

渡辺:これはビジネスの話になりますが、カーディ・Bがあれだけ成功したから、レーベルも本気で女性ラッパーを売る気になってるんじゃないかなっていうのは思います。

これまで、たとえばトップチャートを見たときに、女性ラッパーに与えられてる席って本当に1席しかない状況だったんですよ。ミッシー・エリオットがいたらミッシー、ローリン・ヒルがいたらローリン、で、リル・キムがいたらリル・キムだけっていう。

でも、現在はそうじゃなくって、カーディ・Bもいればリゾもいるし、ラプソディーやリトル・シムズもいる。みんなが平行線上に活躍できる、業界の下地が整ったのかなと思いますね。

荏開津:そうですね。もともと、ヒップホップの初期、1970年代から女性ラッパーっているんですよね。でも、やっぱりストリートって腕っぷしで勝負みたいな場所でもあるし、男性中心に動いてきた。そうすると、シンガー以上に女性でラップをするのが難しかったと思うんです。つまり、女性性みたいなことを十全に表現するということを第一義に置くなら、男性がやっているのとは全く異なったビートにボキャブラリーとライム、フロウでやってもいいんですよね。でも難しいアートではなくショウビジネスが要求するキャラクターの種類の数、すなわちビートとボキャブラリーとフロウも少なかったというのがあると思うんです。

でも、ドレイクやカニエ・ウェストの時代を経たあとに、「もっと私もこういうところを表現していいんだ」という価値観が増えてきたのかもしれないですね。男性のラッパーによる内省的な表現も認められるなら、女性ももっと多様な表現手段としてラップできる素地が生まれたのかもしれません。それまではすごく苦労していたと思います。

渡辺:たしかに、ロクサーヌ・シャンテ(1980年代から活躍する女性ラッパーの先駆的存在)の時代から、リル・キムとか、最近だとニッキー・ミナージュまでって、男性の中の紅一点っていうか、「クルーの中の女性ラッパー」という立ち位置になってましたもんね。そういう売り出し方が一番、売れたんだろうし、男性メンバー側も「守ってやりたい」みたいなところもあったのかもしれない。

「ノトーリアス・B.I.G.お墨付きのリル・キム」とか、「T.I.が発掘したイギー・アゼリア」みたいな下駄を履かせてもらえないと注目を浴びなかったものが、カーディ・B以降、ブレイクスルーしたんでしょうね。男性の後ろ盾や自分が所属するクルーもなくていいし、自分の力で成功を掴み取るっていうマインドが色濃く表れているところが、非常に見ていて気持ちいいですね。

荏開津:Netflixの『リズム・アンド・フロー』も、明らかにカーディ・Bがいなかったら成立しないみたいな回もあって、それはマーケットとも関係がある。「当たり前じゃん」って思う人もいると思うんだけど、10年前だったらないですよ。女性ラッパーが中心で審査員にいるっていうのは。

渡辺:そうですね、なかったと思います。


Netflix『リズム+フロー』予告編

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プロフィール

荏開津広(えがいつ ひろし)

執筆 / DJ / 京都精華大学、東京藝術大学非常勤講師、RealTokyoボードメンバー。東京生まれ。東京の黎明期のクラブ、P.PICASSO、MIX、YELLOWなどでDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域で国内外にて活動。2010年以後はキュレーション・ワークも手がけ、2013年『SIDECORE 身体/媒体/グラフィティ』より、ポンピドゥー・センター発の実験映像祭オールピスト京都ディレクター、日本初のラップの展覧会『RAP MUSEUM』(市原湖畔美術館、2017年)にて企画協力、神奈川県立劇場で行われたPort Bの『ワーグーナー・プロジェクト』(演出:高山明、音楽監督荏開津広 2017年10月初演)は2019年にヨーロッパ公演を予定。翻訳書『サウンド・アート』(フィルムアート社、2010年)、『ヤーディ』(TWJ、2010年)。オンラインで日本のヒップホップの歴史『東京ブロンクスHIPHOP』連載中。

渡辺志保(わたなべ しほ)

音楽ライター。広島市出身。主にヒップホップ関連の文筆や歌詞対訳に携わる。これまでにケンドリック・ラマー、A$AP・ロッキー、ニッキー・ミナージュ、ジェイデン・スミスらへのインタヴュー経験も。共著に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門」(NHK出版)などがある。block.fm「INSIDE OUT」などをはじめ、ラジオMCとしても活動中。

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